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DJミエルカ

男性 - 東京都(1988年生まれ)
ラーメンを食べなくなったというのは下に書いたとおりだが、最近は音楽も聴いていない。
要するにDJですらないのだが、何かの惰性でDJを自称している。東京に住む。


◆専門について

専門は油そば、ということにしている。
汁に浸ったラーメンという食い物は今や、多種多様に世に展開し、それぞれの華を咲かせている。

それに対して油そばという食い物は圧倒的に「まずくはないね、でもうまくも
ラーメンを食べなくなったというのは下に書いたとおりだが、最近は音楽も聴いていない。
要するにDJですらないのだが、何かの惰性でDJを自称している。東京に住む。


◆専門について

専門は油そば、ということにしている。
汁に浸ったラーメンという食い物は今や、多種多様に世に展開し、それぞれの華を咲かせている。

それに対して油そばという食い物は圧倒的に「まずくはないね、でもうまくもないね」というレベルのものが圧倒的多数を占める。
どこの豚を使っただの麺が開花楼でございますだの、お膳立てばかりが先行、肝心の一杯には何の感動も宿らない、といった類のものばかりだ。

したがって僕が行うのは、あくまで僕の基準に照らしてはっきりと、うまい油そばをうまいと言い、そうでないものをそうでないと言うことである。
願わくば多くのショボい店が消えてしまい、その焼け跡に、若いタケノコのように、よい店が芽吹いて伸びていけばと思う。
そのような目的から僕は、すべきと思う批判をする。

もしものを創るひとのなかでこれを見るものがあれば伝えておく、批判に耐えてがんばりなさい。
いいものを創りなさいとコメントしておく。

精神論は好まないが、現在の多くの油そばには「スピリット」が宿っていない。
カッコでくくってみたが、読み替えてもらってもいい。特色でもいい。個性でもいい。
図抜けて何かを訴えてくる奴がいない。記憶に残らない。
だから即物的にここにまとめてあとは忘れる。その程度のものとして考えてほしい。

少々長くなった。そのような基準でまとめている。


◆採点について

 ・ラーメンの評価には、店員の態度だのサービスだの待ち時間だのおしぼりの温度だのといったものは一切加味しない。それらはあくまで副次的な要素であり、インタラクティブな部分であり、そのようなものを基準に加えている時点で信用できない採点だと思っているし、行列の客の機嫌を損ねないためにバイトを大量に雇っているようなラーメン屋はゴミだと思っているし、ちなみに「いらっしゃいませー」「ありがとうございましたー」を店員一同にでかい声で斉唱させるラーメン屋については、本業に精を出さないのなら水商売にでも鞍替えしろ馬鹿野郎と思ってしまう。上に述べた副次的な要素については「お店について」としてテクストでまとめることにしているので、気になる方はそちらをご参照ください。

 ・無学にして「これは何々系のスープ」とか「何々系の流れを汲む店である」とかは一切知らない。
  目の前に出された一杯について、好きか嫌いか、どのようなところが好きor嫌いかということしか書かない。

 ・気まぐれな人間であるという自覚から、その日のコンディションについて一言載せている場合がある。

 参考までに僕の好みの偏り(偏愛)についてまとめておきます。

 ? 専門は油そばであり、背油など脂身のあるものも好き。金があればチャーシューだって載せちゃいます。
 ? ラーメン二郎系に一時期はまっていた。中でもとりわけラーメン富士丸が好み。
   トッピングについてはヤサイアブラが主、人と会うことが多く、半端に女にモテるので、ニンニクは載せないことが多い。
 ? 現状では豚骨魚介を謳う店にご縁があるようだ。日本人として、至って平凡な味覚の持ち主かもしれない。
   中華風の鳥スープもたまに食べると落ち着く。
 ? ラーメンよりはつけ麺を頼むことが多い。理由はわからないが、勢いが好きなのかもしれない。
 ?  トッピングはほとんど載せないし、特製とか全部のせを頼むことはまずありえない。ちなみにビールも飲まない。
 ? 地域色の濃いラーメンには感動を覚えることが少ない。博多、北海道、喜多方あたりにはあまり動かされない。
    天下一品しか知らないが、あれを京都代表と名づける暴力を許せば、京都のラーメンはかなり好きかもしれない。


◆雑談

適切な味覚は適切な食欲に宿る。
これに尽きる。

最近、食が細くなった。
一時期は手の付けられないほどのラーメン中毒で、わりと見境なく食べていたが
生業のほうが多忙を極めた結果、食わず寝ずの日々が続き
その日々から解放され街に繰り出し、久々のごちそう、スープまで飲もうと思ったら
ものすごく胃が重く感じられて、やめてしまった。

嘘だろう、この俺が、と思った。
「油が重くて胃がもたれる」ということを生まれてはじめて経験したのだ、この俺が。
そしてそのとき悟った。

今まで俺は、味わってなどいなかったのだと。
とりあえず胃に重石をつめる、それだけの努力に徹していたのだと。
予期もしなければ目指しもしなかったが、至る所として
適切な味覚を手に入れたようだ。
適切な食欲を得ることによって。

重さにだまされない。旨いものは旨い。
それは最近、実感としてある。


「はしご」する人の評価を僕は信用しない。
芸術作品における空間設計や、早い話が部屋のコーディネートと同じで、ものとものの間には適切な「間」がおかれなくてはならない。
その「間」にこそ、ものの真価が立ち上るのである。

これを無視することによって僕は恐らく適切な味覚を失い、目先の食欲に溺れる愚鈍な豚となった。
この経験こそが、「はしご」する人の評価は信用しないとするゆえんだ。


食べなくなった。多少の気恥ずかしさはありつつ、このことを恥じないことにした。
ものを味わい、うまいのまずいのと言う、その自信が宿ったともいえる。

このサイトにはお世話になった。多少雑駁な僕であるが、少しく還元できればと思う。
11月26日朝、登録してみた次第だ。