コメント
こんにちは
ここは私も行きたいお店です。BMしてますよ。
時間が止まったようなお店の他店では味わえない独特のラーメン。
早めにいかなくちゃと思っています。
私ももうすぐノスタあげますよ。誰も知らない街中華ですが。
mocopapa | 2016年11月14日 17:36そうですね。
いつ美味しいものを食べられなくなるか?
そう思うと、店選びに慎重になります。
行ってみたいお店は数あれど、
何度でも行きたいお店も多過ぎて (^^;;
NORTH | 2016年11月14日 17:47ぶるさん・・・・なんと言う素敵なシリーズなんでしょう。
これ、自分がしたかったっすよ、いやマジで。
まずは、玉屋から追いかけてみようと・・・。
とまそん@ラーメン食べて詠います | 2016年11月15日 00:14このシリーズ、相変わらず「読ませ」ますね!
ラーメンの何たるかを考えさせられます。
でも、メニュー名からも、チャーシューはもうちょい奮発してほしい、
なんてことを言ってはいけないのでしょうけど。
GT猫(ひっそり活動中...) | 2016年11月15日 02:35こんにちは。
時間が止まったような店ですか。
早く行かないとなくなっちゃいますね〜
kamepi- | 2016年11月15日 09:23こんばんは!
ノスタシリーズ、早くも9本目ですね。
それにしても郷愁をかき立てられるお店の多いこと!さすが東京ですね。
尼茶(血圧やや良化^^;) | 2016年11月15日 18:46おばんです。
今回のショートエッセイも良いですね♪
楽しませていただきました。
やがては否応無しにやってくるゴール、ですね。
おゆ | 2016年11月16日 01:16
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
怪麺隊


ぬれいえふ
うどん派





昔懐かしい味ではなかった。不満かというと、それはない。濃い目のスープは、源(もと)と呼ばれる醤油ダレが強い。結構ラードが浮いているのであっさり、ではないが、それほど重たいものでもない。
甘味が鼻腔をかけて行く。そう、先代はかつて新宿で日本蕎麦屋を開いていたそうだ。笹塚に移ったが、近所に同業がいた。だから、中華そば屋になったという。その名残。
羽釜はもう引退したようだ。その隣、相当ヒビが入った竈にかけた大きな鉄鍋。麺を茹でる時間は30秒もない。火力が強いし、熱が鍋にダイレクトに伝わるから茹で時間は短い。しかし、ちゃんと茹で上がっている。カタメの縮れ麺は、スープと共に絶妙なハーモニーを奏でるようだ。
具は潔いほどあっさりしている。小さくペラペラなチャーシュー4枚、メンマ、少量のネギ。それだけ。「東京醤油ラーメン」に定番のナルトもない、青菜も海苔もない。
物足りないということはない。味に関しては相当な個性を感じる。六十五年もの間、店を開いていられるのには、ちゃんと理由がある。こんなラーメンは、他所では喰えない。
この店を先代が開いたのは、ボクの両親はまだ出会ってもいない、昭和二十六年。一月三日に初の紅白歌合戦開催。六月になるとNHKはテレビ初の実験実況中継を放映した。夏には初のプロ野球オールスター戦、秋にはサンフランシスコ講和会議が開かれた。あの丘超えてを美空ひばりが歌ったそんな年。
平成二十八年十一月、小春日和の日曜日。京王線笹塚駅から甲州街道を渡って十号通り商店街を抜け、十号坂商店街へ。その名の通り、緩やかな坂を下りきった、信号の手前。
そこの区画だけ、時代に取り残されていた。
いや、時間の流れを頑なに拒んでいるようだ。
メディアでたびたび取り上げられ、ノス系ラーメンの代表格のような店。だが、曖昧な営業開始時刻がボクの足を遠のけていた。だけれど・・・
ガタガタと音を立てるガラス戸の向こうは、店外同様、時間が相当遡っていた。タイムマシンって、もしかすると、あるんではないか。
やや傾いたカウンターを挟んで麺を茹でる主(あるじ)。前の客の分を茹でているその貌は、真剣だ。だから入って来たボクにも気づかないのか、いらっしゃい、もない。
主の周囲は羽釜、竈、鉄鍋。背後には雑誌など多数置かれた棚。以前はなんと! 「薪」置き場だったそうだ。そして頭上に『天人常充満』と染めた暖簾。店の奥には『慈眼視衆(生)』の暖簾。
赤い丸椅子。剥げたテーブル。ブラウン管テレビ。VHSビデオレコーダー。
そして、唯一無二のラーメン。
時の流れなんてものは無視する、こんな店が、まだあって良かった。
「時間」という輩は、時に無慈悲に、老舗を飲み込んで消し去っていく。五十年の歴史があろうが百年営業していようが、明日もその店がそこにある保証なんか、どこにも、ない。一度でも食べていればその味は舌に記憶されるだろうが、未訪のまま閉店されてしまっては、未来永劫、その店でどんなラーメンが喰えたのか、知らずに終わる。
そんな当然のことを妙に意識し始めたのは、ボクも齢を取ったからだ。これから生きる時間は、今まで生きてきた時間より、ずっと、ずっと、短い。八十歳まで生きることができたとしても、もう人生は残り四分の一。
いや、七十歳になったら、食ももっと細くなる、ことによったら、足腰が弱って遠出なんかできなくなるかも、だ。視力も衰え、車の運転もできはしない? そうしたら、あと十年ちょっとしか食べ歩きができないではないか。
いやいや、六十五歳で認知症になるかも知れない。女房が先に逝って、精神的に落ち込んで、鬱になって外出すらままならず、かも知れず。人生なんて、明日すら見通せないんだ。
だから、いまのうち。行けるうち。
だから、明日もノス系だ。
タイムマシンなんか、ないんだよ。