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2022年11月26日の大崎裕史の今日の一杯

福岡県久留米市櫛原

昔ラーメン(バリカタ)+ラーメン(カタ)※どちらも味玉付き

久留米「大砲ラーメン」が新横浜ラーメン博物館に復活!

30周年を迎える2024年に向けて、過去に出店したラーメン店が2年かけてリレー形式で出店するプロジェクト「あの銘店をもう一度」の第8弾として出店した「大砲ラーメン」。前回の出店から13年ぶりに復活。11月25日から12月15日までの期間限定出店。

メニューは2種類。
こってり系で豚脂の揚げ玉「カリカリ」をトッピングした「昔ラーメン」(900円)。
まろやかな味わいの「ラーメン」(850円)。

大砲ラーメンのとんこつスープは他の食材は一切使用せず、豚骨のみ。豚骨を強火で濁らせながら、創業から実に半世紀以上に渡って途切れることなく継ぎ足しで仕込んでいる独自の技法「呼び戻し」を用い、ひたすら炊き続けたもの。調味料は塩が基本。麺は自家製の中細の低加水ストレート麺。国産小麦を独自にブレンドした『大砲ラーメン専用粉』を使用。

2014年7月、「ミシュランガイド福岡・佐賀2014 特別版」において、2店舗(本店・長門石店)ビブグルマン受賞という快挙を達成。12月15日まで、新横浜へどうぞ!
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九州の豚骨ラーメンを語る上で外せない“レジェンド店”が何軒かある。その一つが久留米の「大砲ラーメン」であろう。もちろん豚骨ラーメンの元祖は「南京千両」であり、「三九」の存在も忘れていない。
大砲ラーメンの創業は1953年(昭和28年)なので70年近い歴史がある。
大きな特徴は羽釜を使った『呼び戻し』スープを使うこと。
『呼び戻し』スープというのは、創業以来、炊き続けている「タネスープ」を元に新しいスープを継ぎ足すことである。そこには熟練されたラーメン職人の高度な技術が必要であり、時代の流れと共に減ってきているが「大砲ラーメン」ではいまだにそれを継承している。
マニュアルでは作れない、それぞれの“想い”が形になっている。そしてその名称自体が、「大砲ラーメン」二代目店主によって名付けられ、『呼び戻し』スープの発祥の店なのである。

私自身は「リピーター」(好きな店に何度も通うタイプ)ではなく、「コレクター」(既訪店よりも未食の店を優先するタイプ)なので本店には一度しか行ってない。
しかし“好きな店”であることには自負がある。久留米市の合川店にも行った。上津店(旧昇和亭)にも行った。福岡市にある天神今泉店にも行った。催事でも食べた。「大砲ラーメン」出身の店がある、と聞くと食べに行った。系譜好きなのである。

東京ラーメンショーや福岡ラーメンショーに出ていただいたときにももちろん食べた。喜多方市のラーメンイベントでも食べた。ラーメンイベントと言えば忘れてはならない。久留米の町興しの一環として「ラーメンフェスタin久留米」が開催されている。その第一回目はなんと1999年である。コロナ前には、全国でラーメンイベントが開催されていたがその20年以上前から6年連続で開催していたのである。その中心人物として「大砲ラーメン」二代目店主が尽力した。まさにラーメンイベントの先駆者であり、全国のラーメン活性化の源である。

コロナ禍で外出自粛の時は通販ラーメンで大変お世話になった。
「大砲ラーメン」の通販ラーメンには麺とスープはもちろん、チャーシューやメンマ、海苔の他に紅生姜まで付いているし、何より驚いたのはスープとは別添でタレと油も付いていたこと。これは通販ラーメンでは大変珍しい。香りを大切にし、「お店の味をお家で」を堪能できた。これぞ“本物の味”だった。

そしてもちろん、新横浜ラーメン博物館に出店していたとき(2009年12月19日~2013年1月14日)にも食べた。そんな大好きな「大砲ラーメン」がまたやってくる。久留米の老舗、豚骨のレジェンド、「大砲ラーメン」を“呼び戻す”ことができたのだ!

お店データ

大砲ラーメン 本店

大砲ラーメン 本店

福岡県久留米市通外町11-8(櫛原)

このお店の他の一杯

    大崎裕史
    大崎裕史

    (株)ラーメンデータバンク取締役会長。日本ラーメン協会発起人の一人。東京ラーメンフェスタ実行委員長。1959年、ラーメンの地、会津生まれ。広告代理店勤務時代の1995年にラーメン情報サイト「東京のラーメン屋さん」を開設。2005年に株式会社ラーメンデータバンクを設立。2011年に取締役会長に就任。「自称日本一ラーメンを食べた男」(2024年6月末現在約14,000軒、約29,000杯実食)として雑誌やテレビに多数出演。著書に「無敵のラーメン論」(講談社新書)「日本ラーメン秘史」(日本経済新聞出版社)がある。