40年前、「成増」と言えばとんねるずだった。石橋貴明が小中学校時代を過ごした街。何度もネタとして出てきたので有名になった。そしてファーストアルバムのタイトルが「成増」(1985年発売)。
しかし、40年経った今、「成増」と言えば「道頓堀」である。それくらい地元の人に好かれている。だからこそ40年も続いている。(1984年創業)
意外と勘違いされているのだが「道頓堀」は庄司さん一代の店である。受け継いだり、譲って貰ったわけではない。独学で21歳にして店を持ったのだ。そして40年間、行列(待ち)のできる店を続けている。店主は営業日の毎日毎時間、厨房に立っている。素晴らしい。自家製麺はつけ麺の山岸さん直伝である。一代で40年続けるのは相当に難しい。実は発起人の一人、河原さんも一風堂を創業し、一代で(途中社長交代はあったが)10月に40周年になる。どちらもスゴい。
実際は41年目だが池袋のホテルで40周年パーティを開催。発起人は、一風堂・河原さん、ソラノイロ宮崎さん、日本コナモン協会田中さんの3人。30年前、ソラノイロの宮崎さんがまだ青山学院大学生だった頃、初めて一緒にラーメンを食べに行ったお店が「道頓堀」。その頃、私も本人もまさかラーメン店主になるとは思っていなかっただろうし、さらには一緒に食べているお店の周年パーティイベントの発起人をやるとは本人も思っていなかったことだろう。
パーティのお客様は150名ほど。半分くらいが常連さんで残りが関係者(ラーメン店主関係やスタッフ、食べる側の人達)。たくさんのお客様がいる中で私からもお祝いの言葉を述べさせていただいたのですが、事前に考えていて話せなかったことを二つ書いておきます。(何も見ずに話をするのでアドリブが多くて話したいことを言えずに終わることが多い私。)
■ラーメン業界には「若き天才」と呼ばれた男が二人居ます。一人は「中村屋」の中村さん、もう一人は「麺処ほん田」の本田さん。二人共、22歳で自分の店を持ち、行列店を作り上げ、共に「若き天才」と呼ばれました。二人のおかげで2010年以降、20代の店主が増え、ラーメン業界が活性化した気がします。しかし、「若き天才」はその前にもう一人居たのです。しかも二人よりも若く、21歳で店を持ち、最初は苦労したようですが40年間、行列を作り続けてきた人、それが「道頓堀」であり、庄司さんです!(拍手)
しかし、還暦を過ぎた人にもう「若き天才」という称号は不要ですね(笑)。
■長く続いている有名店、人気店には「元祖なになに」とか「なになにの先駆者」とか、あるいは特徴的な味があるとか、唯一無二だったり、肩書きになるような個性があります。じゃぁ、「道頓堀」の肩書きはなんだろう?と考えてみたときに、「おいしい」「うまい」「バランスがいい」この3つをNGワードとして「道頓堀」の中華そばを語ってみようと思ったら意外と難しいことに気が付きました。目立つことが苦手で謙虚で控えめで、腰が低く、敵を作らず、みんなに愛される庄司さんらしい中華そば、それが「道頓堀」の中華そばではないでしょうか?だからこそ、地元の多くの人に愛され、今日食べても明日も食べたくなる。そんなこんなで40年行列が続く人気。道頓堀の中華そばには豚ガラも鶏ガラも使われていますが、庄司さんの人ガラが表れた中華そば、それが一番の特徴なんだと思います。

















