ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さんの他のレビュー
コメント
バンメンが2種類あったとは。。。
NORTH | 2017年1月15日 19:21ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さん、こんばんは。
レビューにもあるように「バンメン」には2種の全く異なった形状の麺があるんですよね。
そして、この形状の麺がなぜ、市川市にあるのか。
なかなかミステリアスでありますね・・・。
ぬこ@横浜 | 2017年1月15日 20:16こんばんは。
コチラはなかなかの老舗店のようですね~
歴史のある1杯をいつか食べてみたいです。。。
ぽんたくん | 2017年1月15日 21:34こんばんわ。
新小岩・萬来軒
凄い情報です。
しかし…閉じた…うう…
やっぱ「バンメン下さい」がキーワードですかね。
素晴らしいレビュー、感服いたしました。
いたのーじ | 2017年1月15日 21:54毎度です~
国府台、里見公園、遠くないじゃん。。。
しかと刻み込んでおきます。
としくん | 2017年1月15日 23:02こんにちは。
職場近くにもある「拌麺」との違いも含め、
いろいろと興味深く、読ませていただきました。
おゆ | 2017年1月16日 09:09こんにちは
バンメン 遡れるのも限界がありますもんね。
萬来軒の系統も勉強になりました。
新小岩の萬来軒は残念でした。
mocopapa | 2017年1月16日 11:08バンメン博士ですね!
若い人にもっと食べてもらい、良さを知ってほしいもんですが・・・、
ブームでも今年おきないものですかね!
とまそん@ラーメン食べて詠います | 2017年1月16日 16:22こんばんは!
せっかく横浜に住んでいるので、今年はバンメン食べてみますね。
尼茶(血圧やや良化^^;) | 2017年1月16日 23:32おはようございます。
新小岩に店は残念でしたが、
バンメンのルーツ、かなり分かってきましたね~
kamepi- | 2017年1月17日 07:25ぶるまさん、kaitです。
読み応えのあるレビュです。
バンメン、食べてみたいです。松戸街道の坂をチャリで必死に上ります。
kait | 2017年1月18日 19:29こんばんは
この頃からずっとバンメンを追いかけていたんですね。
何処かでバンメン食べなくては^ ^
蕨にありますかね。
あらチャン(おにぎり兄) | 2022年11月15日 00:27
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華







一体なぜ故、国府台に辨麺を提供する店があるのか?
そう、此処には「バンメン」がある。断っておくが、バンメンは二種類に大別される。汁なし系の「拌麺(もしくは絆麺)」、と、汁そば系の「辨麺(もしくは弁麺)」。前者は都内でも結構喰える店があるし、大体、別モンなのである。
漢字の「拌」 かきまぜる、まぜあわせる、意。「絆」はつなぎとめる、などの意。
「辨(弁)」 分ける、わきまえる、などの意。
すなわち、ほぼ真逆の意味を持つ。
無論、此処のバンメンは辨麺、である。特徴は、なんとまあ、上に乗るのが炒り玉子・・・。
伊勢佐木町の玉泉亭 本店 のバンメンは玉子を使っていたが、アチラは玉子とじだった。
弱い餡かけ。ニン芽とカニカマが乗るのは、他所のバンメンにない特徴。あとは、白菜メインで、人参、玉葱、絹さや、木耳、トンコマなどで差異はない。オイスターソースでも使ているのだろうか、風味が、いいぞ。ただ、ニン芽の食感が悪い。これはイケナイ。
麺は少し強めの縮れ。コシがしっかりした麺で、これまたイイ。
此処は定食も充実している。隣の客が頼んだアジフライ定食は、なんとまあ、ご飯も一緒の皿というか、プレートに乗ってきた。ただし、野菜炒め定食のご飯は丼だった。
この店がある国府台は極めて歴史ある地域だ。弥生時代にはすでに集落が形成されたという。中世には「中世には上杉氏の重臣・太田道灌が仮陣を置き、弟の太田資忠らが国府台城を築いた」(Wiki)ところであり、有名な「国府台合戦」の舞台ともなった。城跡は現在、里見公園となっている。
その国府台は、文教地区としても名が知られる。
この店の向かい。和洋女子大。館は18階建て。対岸から眺めると、建築された平成12年当時は、ちょっと違和感があった。この大学の創始者は、堀越学園と同じヒト。
この店の真ん前。千葉商科大 元々は、巣鴨学園。そう、今では東大に何人も送り込む、池袋の巣鴨高校・中学。戦後、私立学校法により、分かれた。
此処はkaitさんが登録した店だが、「いたのーじ」さんがレヴューを上げなければ、ボクは一生涯、来ることはなかったろう。その「いたのーじ」さんも、どうして、この地のこの店に、辨麺があるのか、疑問をもったようだ。
辨麺は、多くは横浜の、創業五十年を超える老舗店で提供している。此処のご主人はボクより四歳下で建物も比較的新しいから、どちらも二代目、なのだろう。だけれど、この店はもう五十年以上前から営業しているという。推察すると、おそらく、1963年。すなわち、昭和三十八年。老舗、というところは問題ないが、なぜ、国府台の店で提供しているのか?
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萬来軒。どこにでもあるような、しかし昔からあるような屋号。ルーツを調べてみると、面白いことが分かってきた。
老舗の萬来軒。系統は三つあるようだ。
最も歴史が長いのが、大正末期、幡ヶ谷で創業した「萬来軒」。今の府中 萬来軒 。しかし、国府台の店とは関係がないようだ。
あと二つ。昭和十年頃創業の半蔵門 萬来軒 。
しかし、どちらの店にも 辨麺 は、ない。以前はあったかも知れないが、ネット上では見つけることはできなかった。
最後の一つ。昭和八年か九年に創業した 萬来軒総本店 。なんと、RDBには登録すらなかったので、ボクが登録した。なんと、萬来軒総本店、である。国府台の萬来軒はコチラがルーツのようである。此方のご主人は陳 建民 氏の愛弟子だったそうだ。一時、店を閉めていたようだが、最近、復活。けれど、メニューも絞られ、ランチのみの営業となっている。しかし、以前のメニュー表を見ても「バンメン」は、ない。
代田橋の萬来軒総本店は、いくつか暖簾分けをしたようだ。たとえば、四つ木にあった萬来軒。昭和二十五年の創業らしい。ネットで検索してみるといい。中華麺家 まんまる の経営会社は、株式会社 萬来軒。「まんまる」のご主人の実家だった店。
他に蕨やら、小岩やら。小岩は多くて、かつては5店もあった。現在も 南小岩 中華料理 萬来軒 、西小岩 中華料理 萬来軒 の二店が残る。
そして、ようやく、見つけた。
その店もいくつか、暖簾分けしていた。蕨や小岩、そしてこの国府台の店の、一方のルーツ。
ネット上に残された、たった一枚の小さな写真。そこに確かにあった。「バンメン 六五〇円」。
そこで聞けば、どうしてバンメンが伝わったのか聞くことが出来るかも・・・
新小岩・萬来軒。
2013年まで他サイトでレヴューが上がっていた。
けれどグーグルマップのストリート・ビュー。どう見ても、だいぶ前に、閉じた、写真。
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この店、客はご近所さんが多い。今日は土曜日だから、学生は少なかったが、千葉商科大の学生なら。此処は重宝するだろう。
バンメン。このメニューを継ぐ店はあるのだろうか? せめて、メニュー落ちしないよう、他の客も食べてくれることを願うばかりだ。