コメント
あかいら!さん、こんばんは。
そういえば、蒲田にはパンダではない別のタンタンメンもありましたね~
その2種類のタンタンメンで育ったのなら、いわゆる日式の担々麺はかなり特殊に思えるんだろうかなあ。
ここは。逆に「辛くない担々麺がある!」と驚かされたお店ですね。
ぬこ@横浜 | 2019年1月8日 19:20お疲れ様です。
「ミ・キみーる 蒲田店」懐かしい!
自分の東京でのソウルフードですよ(^^)
酒乱 | 2019年1月8日 22:24お疲れ様です。
前は通りますが、久しくお邪魔していません。
行かなくっちゃ
忍者信 | 2019年1月9日 04:50ぬこ@横浜さん、まいどです!
> そういえば、蒲田にはパンダではない別のタンタンメンもありましたね~
その2つがカマタスタンダード!
日式がない蒲田は日本にあらず!w
> ここは。逆に「辛くない担々麺がある!」と驚かされたお店ですね。
是非是非、看板メニューのタンタンメンもご賞味あれ!
あかいら! | 2019年1月9日 09:23酒乱さん、まいどです!
> 「ミ・キみーる 蒲田店」懐かしい!
> 自分の東京でのソウルフードですよ(^^)
懐かしいですよね!w
そういう意味ではRDBで閉店したお店を見ていくと、
懐かしいお店がいっぱいあります。
そういう楽しみ方も出来るんだなぁと、
別の使い方も見出した次第です。
待てよ、「絶滅していく町中華の記録を残したい!」
と言う目的の最終地点と考えると、そうなるのか。
あかいら! | 2019年1月9日 09:26忍者信さん、まいどです!
早起きですねw
> 前は通りますが、久しくお邪魔していません。
> 行かなくっちゃ
今日のお昼は是非是非パンダで!
いや、10日、20日、30日のパンダの日の方がイイか!w
あかいら! | 2019年1月9日 09:28あかいら!さん、こんにちは。
>第一京浜の空港線の元の踏切から、現在のパンダ 南蒲田店まで伸びる商店街の
>小路の真ん中あたりにも、その昔別のパンダのお店がありました。
>もしかしたパンダ 南蒲田店の移転前の店舗かも知れません。
>そして、そちらのお店の方がパンダ 京浜蒲田店より歴史があるかも知れませんが
>定かではありません。
現在の南蒲田店の移転前の店舗ですね。そして「パンダ」という屋号になる前の
「幸楽」が現在の蒲田のパンダチェーンの源泉です。当時はこのお店の近所に住ん
でいたので記憶に残っています。「幸楽」は昭和40年代後半から50年代初め頃
の開業だったと思います。
私も「幸楽」→「パンダ」と「ミキ・みーる」(というより「茗新」)のタンタン
メンで育った口です。今もたまに「次男坊」に足を運んでいます。
どこかでお会いしているかもしれませんね。
ミネマチさん、はじめまして!
> 現在の南蒲田店の移転前の店舗ですね。そして「パンダ」という屋号になる前の
> 「幸楽」が現在の蒲田のパンダチェーンの源泉です。当時はこのお店の近所に住ん
> でいたので記憶に残っています。「幸楽」は昭和40年代後半から50年代初め頃
> の開業だったと思います。
おおおっ!
貴重な情報ありがとうございます!
その昔は幸楽と言う屋号で営業されていたんですか~
昭和40年代後半頃が、現在のタンタンメンが誕生したと言うことですかね?
なかなか歴史ある一杯ですねぇ~ 次回は、その歴史を噛み締めなければ!w
> 私も「幸楽」→「パンダ」と「ミキ・みーる」(というより「茗新」)のタンタン
> メンで育った口です。今もたまに「次男坊」に足を運んでいます。
おおおっ、茗新、ナツカシス!
令和の時代にミ・キみーる 蒲田店の話題が出るとは!ww
次男坊にも、また行かなければ!と思う次第です!
> どこかでお会いしているかもしれませんね。
間違いありません!w
是非是非、ミネマチさんもレビューアップお願いします!
今後とも、よろしくお願いします!
あかいら! | 2020年7月26日 07:02
あかいら!
ケーン

なまえ

いぜず





本日はコチラ「タンタンメンで有名なパンダ 京浜蒲田店」へ伺い、基本の「キ」である「タンタンメン」を頂いて参りました。
場所は京急蒲田商店街「あすと」の中程。昔は怪しい商店街だったのですが、駅前再開発、京浜急行線の立体交差化で京急蒲田駅が垢抜けた駅ビルとなり、メジャーな商業施設が出来てからは、ちょっと明るい雰囲気になりました。
それでも商店街で一番の大店はパチンコ屋であったり、更には未だにレンタルビデオ店から二束三文で仕入れてきた中古ビデオや中古CDをワンコインで売るお店があったり(需要はあるんだろうか?!)、昼間っから飲めるセンベロ居酒屋があったりと(これの需要は高いと思われます)、その基本路線は崩しておりません。
そう言えば駅前再開発で姿を消した町中華錦州亭の存在を思い出しました。お店があった場所は現在はロータリーになっておりますが、再開発が無かったら、まだ営業されていただろうか?と思いを馳せます。そして昔は結構、風俗もあったのですが、再開発に乗じてすっかり駆逐されてしまったみたいですね。今はガールズバーが精一杯と言う感じでしょうか。しかしながら商店街裏手の怪しいホテル街は健在ですので、色々な需要と供給はマッチしているんだと思われます。
そんな場末感漂っていた京急蒲田商店街に28年昔に鳴り物入りでオープンしたのが、「パンダ 京浜蒲田店」であり、蒲田民に「タンタンメンとはコレである!」と知らしめたのでありました。しかしながらそれは、東急蒲田駅ガード下のミ・キみーる 蒲田店でも提供されていた、溶き玉子にニンニクタップリのイソゲンのニュータンタン風タンタンメンに異を呈するものでありました。何れにしましても、間違いなく、この2つのタンタンメンが蒲田では双璧でした。イヤ、今も二巨塔です。
どちらも世に言う担々麺とは異なるものですが、そもそもパンダのタンタンメンで育ち、イソゲンのニュータンタンで目からウロコが落ちた自分にとって、芝麻醤の日式担担麺を「これが正統派担々麺です!」と言われても、「ハイそうですか」とは中々言えないのも事実です。更には中国北京現地で頂いた本格四川料理の担担面も芝麻醤が感じられない、麻辣でヒーハーな担々麺だったので、尚更「普通って何?」と思うのが正直なところです。そう言えば、中国北京現地の人から聞いた話で、「担々麺のスープは辛いから飲まない。」と言われていたことも思い出しました。
ちなみにミ・キみーる 蒲田店は、2010年4月、耐震補強工事を理由に閉店されておりますが、工事完了後、その地で再度オープンすることはなく、現在は別のお店(英国風パブ HUB)が営業されております。そういう意味では耐震補強工事は閉店するためのいい口実だったのかと思われます。そしてミ・キみーる 蒲田店の味わいは次男坊に引き継がれ、2010年9月、池上の地にオープンされております。
駅前再開発の前に姿を消したと記憶しておりますが、第一京浜の空港線の元の踏切から、現在のパンダ 南蒲田店まで伸びる商店街の小路の真ん中あたりにも、その昔別のパンダのお店がありました。もしかしたパンダ 南蒲田店の移転前の店舗かも知れません。そして、そちらのお店の方がパンダ 京浜蒲田店より歴史があるかも知れませんが定かではありません。そのお店でタンタンメンを頂いた記憶はありますが、RDBにもその他にも記録はありません(RDB以前の話ですね)。どなたかご存知の方いましたら情報共有頂ければ幸いです。
閑話休題。お店は以前、パンダと乾杯楼のダブルネームで営業されておりましたが、現在はパンダの看板のみに落ち着いたようですね。お店に入ると入口は以前のままで、ライト側、旧乾杯楼部分にテーブル席が広がっております。厨房は基本変わらずですが、ちょっと拡張されたみたいですね。以前はお店の一番奥にあったレジが、レフト側、カウンター一番手前のお一人様用丁稚席だった部分に移動しております。お店はホールに女性店員さん1人、厨房に男性店員さん3人。揃いのピンクのTシャツ。バックプリント「タンタンメンで有名なパンダ」とダイレクトなメッセージです。厨房を取り仕切っている店員さんは間違いなく昔から居る店員さんで、丸まった背中に哀愁と時代を感じさせてくれます。顔に覚えはないですが、背中と所作に見覚えがあります。
さて「タンタンメン」。これはズーっと変わらない面持ち。1/2やや半熟茹で玉子は飾り切りされております。茹でほうれん草少々、チャーシュー1枚、干海老粉末、刻みザーサイ。刻みネギ。コレコレ!と嬉しくなってしまいます。先ずはスープを頂くと、辛味なし、芝麻醤フレーバー薄めで胡麻油のフレーバーが全体を〆る感じか?何れにしても他では頂けないパンダのタンタンメンフレーバーです。ウマシカテ!そういう意味ではスープの種類は担々麺としてはイケない気もしなくもないですが、イイエ、コレがタンタンメンなのです!
麺は中細ストレート麺。若干柔らかめな茹で加減の感はありますが、全くもって許容範囲内。麺をズバッとすすれば、胡麻油と相まって干海老の香りが広がります。スバラシス!チャーシューはカエシ加減もイイ塩梅。普通、担々麺は担々ミートが載るんじゃないの?と言う指摘があるかと思われますが、これはパンダのタンタンメンですから、これが正解なのです。普通との比較なんて必要ありません。愚問です。そして何より大事なのはパンダのタンタンメンは確実にスープを完飲しなければイケません。干海老、刻みザーサイをきっちり全て頂くためにはレンゲでサルベージするだけでは難しいので。もちろん完食完飲!ご馳走様でした。
パンダ 京浜蒲田店は大陸式町中華か?日式町中華と言う議論もあるかと思われますが、昭和のオープンでは無い現実からすると(平成3年オープン)、古き良き昭和の町中華では無いですね。しかしながら既に28年も京急蒲田の地で営業し、すっかり馴染んでいる事を考えると、日式では無いものの、既に帰化している平成町中華であると言えるかと思われます。何れにしましてもこれからも長く継続して頂きたいのみです。再び、ご馳走様でした!