コメント
千円を超えるラーメンが当たり前になってますが、
ワンタン麺をこの値段で食べられるって良いですね。
のんびりとした様子が目の前に浮かんできますよ。
海を見に行きたいなぁ。
NORTH | 2021年9月5日 18:55波の音を聞きながら眠るなんて最高ですね
そしてノスタルジックな一杯が染み入るように感じます。
とまそん@ラーメン食べて詠います | 2021年9月5日 19:22どもです。
私のうちは父が婿養子だったので父の生家に行くのが
盆暮れの楽しみでした❗
わたしは末っ子なのでいい思いばかりです💓
こう言うお店が人気あるって何だか嬉しいですね💕
ラーするガッチャマン(通院中) | 2021年9月5日 20:03ぶるさん
銚子の出身だったんですね。
ノスタルジーですね。
まなけん | 2021年9月5日 21:41おっと、九十九里ですね。
まなけん | 2021年9月5日 21:41おはようございます^^
波の音を聞きながら休むと寝起きも良いのではないですか。
銚子って行った事がないんです。
漁港と醤油の町のイメージですが、こんな老舗のお店も
頑張っているんですね(*^-^*)
mocopapa | 2021年9月6日 06:39こんにちは。
ほっこりするようなラーメンですね~
私も最近、昔の事を急に思い出すようになりました。
kamepi- | 2021年9月6日 07:18おはようございます😃
銚子は何度も行ってるのに、ラーメン食べたこと
ないんですよ。
どうしても魚に…。
>昆布の出汁が結構強く、醤油はずっと後ろに
こういうのが好きなんですよ。
行きたくなってきました。
としくん | 2021年9月6日 07:43おはようございます
おぉ、さかもと!
時々自分はここの店で絶品だったチャーシューを思い出します。
出来立てで強烈に美味かったなぁ。
営業してるんだか分からなくて入って、感じが良かった記憶。
そんなに続いてるお店だったんですね。
あらチャン(おにぎり兄) | 2021年9月6日 08:01波の音を聞きながら眠りに…
自律神経もリラックスしてくれそうですね。
昭和30年創業の老舗なんですね。
浮油がほぼ皆無でしょうか。
スープも済んでいますね。
そこに天井の模様が写り込んでいる様な…
おゆ | 2021年9月7日 12:07
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
モンゴルマン
イッチー

じゅーじゅ
いい男





・・・もっとこう、いわゆる「東京ラーメン」的なテイストかと思っていた。まあ、他の方のレヴューを注意して拝見すれば、わかっていたはず・・・つまりは確かに昆布の出汁が結構強く、醤油はずっと後ろに引っ込んでいるような感じである。かといって、「和」に振ってあるわけでなく、ちゃんと「中華」なのだ。このあたりが長い間、人気を保つ理由というところか。
スープに誂えたような麺。少し柔らかいストレート。ここはやっぱり細い縮れ、と書きたいが、これはこれでいいのだろう。
驚いたことにワンタンが5個ほど。ちゃんとしっかり肉の餡が詰まっている。叉焼は大判で、脂身のない腿っぽい。ちょっと硬いがその分、噛み応えはある。
昆布が一枚。たいそう柔らかいが、ないほうがいいかもと思う。ホウレンソウはそこそこあるし、メンマの量も十分だ。
これでなんと610円! 休日の12時過ぎに店に着いたのだが、9台用意されている駐車場はずっと埋まったまま。止む無く店舗右側の駐車場にハザードを着けて待機、15分ほど待ってようやく入店できた。つまり、大変な人気店である。
店に入ると、まあ、まったりだ。若い女性一人で入店する人もいるが、びっくりしたのはラーメンに、多くの人が半カレーを同時注文している。そんなに食えるんか・・・このワンタン麺だけでボクは腹いっぱいになるというのに。半カレーにラーメン、これでも920円である。
安くて、ボリュームがあって、美味しくて。これで客が付かない訳はない。まあ、店内は地方のうらびれた大衆食堂然としていて、およそ若い女性に似合わない店だが、なに、そんなことの優先順位はずっと下、ということだろう。腹いっぱいになったわ、ご馳走様。
・・・今日もまた逃避行である。逃げられないのは分かっていても、現実にはどうしても向き合えず、臆病者はそこから目を背けるのだ。
でも、ボクはそれでいいと思っている。無理して強がっても、ただただ哀しく儚く辛いだけ。なら、いっときといえ、逃げることだけでしか、今は精神的な安楽を得られないならそれに従うまでのこと。
・・・銚子には何度も来ている。銚子から南に下った九十九里のある町には、いや、少し前まで村だったところだが、そこは一昨年亡くなったボクの母親の生家があったから。ボクが子どものころは、毎年、母に連れられてその家に遊びに行った。海岸までは直線で800メートルとか、そんな距離だったように思う。祖母が「畑で採れた西瓜だよ」って切ってくれたことを覚えている。トイレがいわゆる「ポッチャン便所」だったことはとてもとても怖かったけど。
今日も、その生家があったあたりを通ってきたのだが、すっかり様子は変わってしまっているし、何よりもう50年以上も前のボクの記憶は、ずっとずっと遠くに霞んでしまって、生家があった場所はまったく分からなくなっていた。
だけどこの店は、その頃より少し前から歩みを始めているんだ。そう思うと、凄いことだよな。
・・・今、ボクはホテルの窓越しに波の音を聞く。幼いころのボクは、それこそ波が奏でる音こそ子守唄のようなものだった。
今宵は本当に久しぶりに、テレビの音を早く消して、波の音色を聞きながらベッドに潜りこもうか、と思っているよ。