コメント
いやぁ懐かしいです😆
ここはホント良いお店ですよ。
船橋はたまに呑みに行ってます。
NORTH | 2022年2月17日 20:17こんばんはぁ~♪
町中華いいですねぇ~。今年なってから全然行けてないので
行きたいですね。私も広東麺。うま煮そばには目が無いですよ。
>今日だって、大宮まで行って、歩くこと2万歩・距離13km・時間にして160分、だもんな~
昨日、3回目のワクチン接種で休みを取って色々用事をこなし、万歩計を見たら18000歩でしたが
疲れました(;^_^A ブルさん元気ですね(*^-^*)
mocopapa(S852) | 2022年2月17日 22:08どもです。
歩くことは良いことです🎵
ただ、調子に乗って距離を伸ばさないほうが
良いですよ❗
体力増強より疲労が勝ったら意味ないですから🤔
ラーするガッチャマン(通院中) | 2022年2月17日 22:21おはようございます😃
いつか行きたいです。
麦酒もあるんですねー😆
私もなるべく歩くようにしてますが、
2万歩は中々到達しないですよ。
日本ラーメン店正史、良いじゃないですか。
としくん | 2022年2月18日 07:40こんにちは。
うま煮そば良いですね。
こちらの店もいっか行ってみたい。
近代日本ラーメン店正史、楽しみですね。
kamepi- | 2022年2月18日 10:26こんにちは。歩くこと2万歩・距離13km・時間にして160分、自分は出来ないですね。ぶるさん凄いです。それにしても待ちができる街中華は珍しいですね。商品名がバンメンだったらすぐ行きます。
いたのーじ | 2022年2月18日 12:13おはようございます。
町中華といえば、
ぶるさんが初レポを上げた上野の山久。
今や行きつけとなり、
ラーメン以外のメニューも色々と。
コロナ禍でもまずまず繁盛していますよ。
近代日本ラーメン店正史」的なことですか。
楽しみです。
おゆ | 2022年2月19日 07:12こんばんは
町中華の良いお店の様ですね。
良い素材としっかりとした調理技術。
ドカ食いしたり、飲み屋としたり、色んな景色があるのでしょう。
近代日本ラーメン史。頑張って下さい^ ^
あらチャン(おにぎり兄) | 2022年6月16日 19:33
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華




ヤガシラ





その青年は、ボクの隣に着席するなりこう注文した。「大盛りチャーハンに、焼きそばください!」。見れば身長180cm程度で体重は90から100kg? アイスホッケーかアメフトでもやっていそうで、体積は優にボクの倍はありそうだ。年のころは20代半ばだろう。
その彼に届けられた料理。デデンと盛られたチャーハンに、フル規格の焼きそばだ。いやあ、若いということはいいことだわ。けど、こんなにガタイがいいと、飯代がかかってしょうもないだろうに。でもさ、旨いからそれだけの量が胃袋に収まるんだろうな。
ふと自分の料理を見れば、隣の青年の半分以下のヴォリュームか。それでもボクには多すぎる。
だけどね、此処、旨いんだよ。実は昨年の春(4月)に一度来ている。店舗情報にボクの変更した履歴が残ってるわ。けどね、どういうわけか、レヴューを上げていないんだわ。ううむ。理由は思い出せない。このところ、そんなんばっかで、自分の齢・・・だけではないだろうが、ともかく自分の情けなさを感じる日々だ。
筍、白菜、人参、これは要らないピーマン・・・野菜がたっぷり。豚小間も鶉卵だってある。これらが弱い餡を纏ってスープに蓋をしているから、アツアツ。広東麺とかうま煮そばとか、ことによっては辨麺(ばんめん)とか呼んだりするこの麺料理、ボクの好物なのである。軟い麺もこの際まったく気にならん。町中華にありがちな、いい意味でちょっとオゲンヒンさを漂わすスープは、自分で入れた辣油と胡椒のピリピリ感が加わってナイスな仕上がり。
土曜日の12時30分過ぎ。混んでいるだろうと想像して来た。案の定、ほぼ満席で最後の1席に滑り込む。この後客は相次ぐが、満席故に入店できず。そのうち数人の待ち客常時。12席程度の町中華に行列ができるなんざ、そうお目にかかれない。店内はやたら元気のいいオバちゃんとご主人、それにそのご子息で切り盛りしているから、まだ十年かそこらはダイジョウブ。
この店、北さん(NORTH さん)が最多レヴュワーだ。何度もレヴューされる理由はちゃんとある。ネットで“船橋×中華”で検索すると相当上位に表示される“船橋町中華の代表格”なのだ。著名な専門店で何年も勤め、素材に拘り、精緻な料理の技を振るった高価格なラーメンももちろんイイのだが、こうして街角にさりげなく溶け込んだ、大衆価格の、ちょっと古ぼけた町中華でラーメンは育ってきた。客層を見れば、夫婦客と思しき二人連れが数組、女性の一人客、若い男性などなど多様である。まさに「町中華、万歳!」の典型のような店。
町中華は百店あれば百の味がある。ハズレもあるけれど、安心だろうが金太郎飴の如く個性の欠片もない大規模鎖店に露程の興味もないボクは、こうしたを町中華をあちこちめぐることで、ワクワク感をキープする。それこそが残された短い人生に、薄いけれど小さいけれど、彩をもたらしてくれるのだ。今日も愉しく美味しいアジな一杯、ご馳走様。
・・・淺草の來々軒やら旭川、飛騨高山等々のラーメンの物語を書いてきて思うこと。たかだか明治の後半になって大衆の間に広がるも、戦争で一旦途絶えたラーメンという“食”。しかし此奴は日本人の食文化にグイッ! とばかり食い込んだ。世紀が変わる2000年ごろからはブームとなった。そして今は“ブーム”を越えて、世代を問わず日本人の間に随分と広がりを見せている。
トンカツやカレーなどもそうだが、歴史の浅い食文化は、それについて書かれた本が少なく、それもあまり重宝されないようだ。ラーメンに関して言えば、食文化として捉えた本はいくつかあるが、明治期から今日に至るまでの時系列に沿い、北海道から沖縄に至る全国の“ラーメン店”の正確な歴史を語った本は皆無に等しい。“日本初のラーメン専門店は淺草にあった來々軒”という似非情報が長い間幅を利かせたようにいわば“近代ニッポン『ラーメン店』正史”的なものがないのだ。
ラヲタと称される人々に問う。超人気店のスープ素材を当てることが出来ても、たとえば淺草來々軒の系譜に連なる”現役”店すべてを言い当てることが出来るか? 荻窪丸長と、浜松にある“龍”が付く屋号の店と、蒲田にある煮干しの行列店との関係を系譜に沿って言えることが出来るか? さらに随分と減ってはいるものの、今なお東京東部に多店舗展開している“生駒軒”と荻窪丸長はどういったつながりがあるのか? 飛騨高山ラーメン創業店の誕生の経緯(いきさつ)は? 旭川ラーメンはいつ、どの店で生まれたか?
こうしたことを時系列に沿って、ご当地ラーメンを交えながら「近代日本ラーメン店正史」的なことを書けないか考えている。沖縄以外の都道府県を回り、ご当地ラーメンもたくさん喰ったし、町中華もそれなりに行った。ただ、4月から週3回だが勤めを再開することになっているので、それほど時間がないから、どうだろうか?
ま、用事もないのに毎日さ、フラフラ出かけるのを止めりゃあいいんだけどね。今日だって、大宮まで行って、歩くこと2万歩・距離13km・時間にして160分、だもんな~
頑張ってるぜぃ~