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コメント
このあたり、ザウスでかなり行きました(笑)。
今では考えられません。
ところで、何回かそれぞれ行ったんですが、小岩も清澄白河も、最近休業っぽいんですよ・・・。
大型連休にもう一度確かめてみますー。
とまそん@ラーメン食べて詠います | 2017年4月9日 17:10う〜〜ん、辛そうですね〜〜♪
でもきっと好きなヤツです。(^^;
駅からはちょっと遠いですね。
NORTH | 2017年4月9日 17:20どもです。
昔、習志野に住んでいたので、冒頭の件は興味深く読みました。
辛いのは好きです。
中毒性の有りそうなスープですね。
暖簾が受け継がれている、貴重なお店かと。
ピップ | 2017年4月9日 22:40こんばんは。
そう言えばザウスとか言うスキー場もありましたね。
辛旨は結構好きです。
ラーショ未経験なので、どこでも良いから食べてみたいです。
kamepi- | 2017年4月9日 22:56毎度です~
コルトンプラザにはお世話になりました。
蟹も食べたし、アジオってイタリアンも細やかな贅沢でしたよ。
もう我が家も15年は行ってないかな。。。
ところで、これはニクヤヤって家系と思うのが普通でしょう。
てか、ニューラーショいわせは閉じましたか。
そちらも何度かお世話になったんで寂しいですわ。
としくん | 2017年4月9日 23:00こんばんはぁ~
こちらはラーメンブロガーさんの記事で見ました。
船橋ヘルスセンターは懐かしいですね。
オープン当時のララポートも行きましたよ。
コルトンプラザは菜に行くときに通っただけだけど。
mocopapa | 2017年4月9日 23:15惜しまれながら閉店の後、ご子息が後を継がれたこちらのお店。
そのうち追随します!
YMK | 2017年4月10日 08:34カーニバルという店名でしたか。すっかり忘れていましたが、当時良く行きました。
ラーメンサイトで思いでを掘り起こして下さってありがとうございます。
還暦二郎(トンゴ氏投薬中) | 2017年4月10日 23:05カーニバルという店名でしたか。すっかり忘れていましたが、当時良く行きました。
ラーメンサイトで思いでを掘り起こして下さってありがとうございます。
還暦二郎(トンゴ氏投薬中) | 2017年4月10日 23:06御無沙汰です!
>BMWの3シリーズは「六本木のカローラ」と……
懐かし~、思い出しましたよ~!
この頃夜六本木に行ったら、2重に路駐していてしかもみんな高級車だったのを覚えています。
尼茶(血圧やや良化^^;) | 2017年4月12日 01:18
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
とりき
kaz-namisyusa

レインマン
井之頭イチロー





六〇歳近くの人であれば覚えているか。かつて、船橋ヘルスセンターなる「健康ランド」が存在した。昭和五十二年に閉館した施設だ。
その跡地には、そう、ららぽーと船橋(現・ららぽーとTOKYO-BAY)。国内最大級のシッピングセンターの先駆けで、今から三十六年前の、昭和五十六年四月に開業した。当時の店舗数は約二百、当然、ボクも家族を連れて何度か行った。
けれど、我が家からはチト遠い。休日は駐車場に入ることさえままならず。幼い娘たちはぐずっていた。
その七年後、市川市に「ニッケコルトンプラザ」が開業。我が家からは、市川橋を渡って、産業道路に折れて・・・毎週のように通った。娘二人と家内と、買い物して、食事して。開業当時は、バブルが一気に膨れ上がる頃。
・・・行きも、帰りも、産業道路(千葉県道283号若宮西船市川線)に路駐が目立つ場所があった。赤い看板の、ラーメン屋の、前。
昭和五十三年から営業している、そう、ニューラーメンショップいわせ 。
・・・ボクは、一度だけ、行ったことがある。家族で、ということではない。一人で、出かけて、喰った。ただ、何せ、三十年も前のことだし、RDBどころか、パソコンすら無い時代なので、どんな味だったかなんて、まるで記憶もない。元々、ラーショという形態の店は何となく入り辛く、やたらしょっぱいという思いもある。ただ、朝の十時前から並ぶラーメン屋に興味があったに過ぎない。
昨年十二月三十日、三十九年間の営業を終えた。最終日には大変な行列だったそうだ。
けれど、その時点で、ご子息が屋号を変えて店を継ぐことが告知されていた。
平成二十九年三月二十二日、ニューラーメンショップいわせ から、「二九八家 いわせ」へ。ふくはうち、とは読めずに、にくや や、なんて読めた。
・・・それから数日後の、休日の十一時四十五分。店内は意外にも八席ほどしか埋まっていなかった。
ただし、これは運が良かっただけに過ぎない。正午が近づくと、もう店は満席だ。カップルで来ても、席は別々に案内される。そうでなければ、回転は悪くなるばかり。
以前と同じ、横にズラッツと並ぶ椅子。リニューアル、といっても店の形状は変わるはずもなく、客席のレイアウトはそのままだ。
店舗情報にあるとおり、新しいご主人は「武蔵」出身。ネットで調べると、以前は「いわせ」を手伝っていた。その後、文字通り「修行」して、店を継いだそうな。若く見えるが、三〇歳半ば、だろう。姉上、らしき方の二人体制で、新店だけど、作業に淀みはない。
「久しぶりだね」「以前と味はちょっと違うけど旨いね」・・・そんな会話の中で喰った一杯。正直、これは辛い。辛さは選べるので、「一辛」にしたのだが、もうベースのスープの味は解からないわ。
やたらオイリーだし、しょっぱいさ。だけど。
これはクセになる。後を引く。豚骨メインで、魚介は感じないが、一口啜ると、また一口、と蓮華が動く。脂や塩分が気になるのだが。
横浜の 家系総本山 ラーメン吉村家 もそうだが、脂、これがどうもいけないのだろう。脂はやっぱり、旨さの源、か。
麺はカネジンのようだ。くにゅくにゅした食感で、相当強いスープに負けない麺で。これまた箸を進ませる。百五十グラムなのだろうが、どうにもモノタリン。大盛りも無料なのだが、どうせ喰えない・・・と思った。まあ、そういうことだ。喰えないに決まっているが、もっと喰いたくなる麺だ。
反して、具はつまらん。新宿の武蔵のような、デカイ、角煮の豚。しょっぱい。味が濃い。メンマはブットイのが五本あって、これはいいのだが、ネギは少ないし、あとは海苔だけしかない。ボウレンソウなどの青菜を乗せれば、見栄えも映えるのに。
とはいえ、これは、また喰いたくなる味に間違いはない。ただ、たまに、だ。血圧が高いボクには、塩分濃度が高すぎる。スープを飲まなければいいのだろうが、それは無理だ。この日だって、やめようやめようと念仏を唱えたが、結局、抗えず。三分の一残った段階でようやく蓮華を止めたのだ。次回は辛いのを辞めるとすれば・・・・全部飲んでしまうかも知れず。中毒性があるんだ、このスープは。ご馳走さま。
・・・上の娘が中学生になった頃から、家族で出かけることは急激に減った。「ニッケコルトンプラザ」に、家族で最後に行ったのは、もう二十年以上も前のこと。
開業当時の旗艦店舗はプランタン。銀座以外では初めての出店。それに、サーカスも楽しめるというコンセプトのレストラン「カーニバル」もあった。「カーニバル」は蟹、食べ放題などもやった。何度か、喰った、のだが・・・
・・・スキー場やテニスコートが物凄い賑わった。日産シーマなどの高級車売れ、BMWの3シリーズは「六本木のカローラ」と呼ばれた。ワンレン、ボディコンの女性客でディスコは溢れた。
そして、バブルは弾けて、その後「失われた二十年」を産んだ。
プランタンはダイエーに変わった。あまりにバブリーだった「カーニバル」は数年で閉じた。
気が付けば、昨年十一月にはダイエーの運営会社たるイオンが「イオンタウン市川大和田」を、コルトンプラザのすぐそばにオープンさせていた。もっといえば、「ダイエーブランド」は、来年にも消滅するという。
・・・「ラーメンショップ いわせ」から「二九八家 いわせ」に。この店のように、綺麗に引き継ぎが出来た店ばかりではないのだ。
時は、往々にして、残酷である。