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「中華そば(並)」@中華そば 高安の写真はじめに。今回は、僕のレビューにしては珍しく辛口一辺倒となります。誹謗中傷ではなく、期待の裏返しとして。そして京都のラーメン屋の話へとドライブしていきます。しかしこの店のラーメンが好きな方はあまり読まれない方が良いと申し添えておきます。
京都では言わずと知れた行列店である高安。僕もラーメン(及びつけ麺)の食べ歩きを始める前に1度、食べ歩き開始初期に2度行っています。いずれも不満を覚えてたために以後はなかなか足が向かなかったわけですが、現時点でどう感じるかを知りたくなったための再訪です。

店内はシャレたインテリアデザインであり、まるでカフェのよう。
様々な種類の造花はともかく、ハート型のクッションまであります。
これらに鼻白む男性よりも喜ぶ女性の方が多い、あるいは男性のテンションの下がり具合よりも
女性のテンションの上がり具合の方が大きいでしょう。
移転前のあの小さくて油ぎっていた店舗でなければ嫌だという人もそうはいないでしょうし。
まあ色気もへったくれもないこの僕には「ユニセックスならともかく、あそこまで女性向きだと…」
以上の雑感は抱けません。

もう一つこの店で特徴的なのは、接客担当の従業員達がイヤホンマイクを付けていること。
これは別室にある厨房でラーメンや唐揚げ等を作る従業員との情報伝達をスムースに行うこと、
そして大声を出さないことにあるのでしょう。

注文したのは「平日お昼のちょっとだけ定食」。
加藤茶を想起させるこの定食の内容はラーメンと白ご飯、そして名物であるから揚げが一つ(100円アップで二つ)。
しかしその名とはやや異なり、決して「ちょっとだけよん」とはいえない相応のボリュームで
あることも付記しておきます。
ちなみにこの定食名を記載するのはあまりにも気後れしますので、今回のレビューでは「中華そば(並)」とさせて頂くことはいうまでもありません。

程なくして中華そばが到着。
スープ。
鶏がらと豚骨を乳化させた白湯です。臭みが出ないように火加減に気をつけておられるようで、
実際に臭みは極めて少なめ。
そして豚よりも鶏の旨みが強いですね。
この出汁が濃い口醤油やみりん(魚介類も?)等をベースに作られたのではないかと思わされる
醤油ダレと一体化して、甘くてコクのあるテイストのスープとなっております。
たとえばうら若き女学生2、3人組というラーメン屋基準では珍しいお客さんが少なくないのも、
つまり女性から支持される一番の理由はこの甘さにあるのでしょう。
男性からの支持ももちろんあり、それは甘さとコクが相まってのことだと思われます。

とはいえ、このスープ。
「甘いに過ぎる」か「甘いだけ」といえなくもないのではないでしょうか。
僕が思うに、それは動物系の出汁と醤油ダレが「一体化し過ぎている」からです。
一つのテイストとして統一感がありながらもそれぞれの部位の旨さが味わえるような
多面性を有さず、ただ「コク甘」一辺倒だからです。
また卓上にある調味料は昔ながらのラーメン屋にあるような胡椒と「ニントン」だけであり、
しかもそれがスープとイマイチ合わない、つまり別のテイストを加味してスープを「ふくよか」にしません。
自家製の「にらごま」もまた、招かれざる客のような「間の悪さ」です。
このスープと相性の悪いごま油と唐辛子の辛味が加わり、中華料理の一品を間違って
スープの上に落としてしまったかのような不釣合いなテイストになってしまいます。
つまるところ、バランスを崩さない程度にもう少しだけ醤油ダレの存在感を強め、
スープに合う調味料を用意するだけでも随分とこのテイストも違ってくるとは思わされます。
化調ももっと減らして良いでしょう。

麺。
中細で低加水の麺であり、京都のベテラン及び中堅どころのラーメン屋ではお馴染みのやつです。
フニャフニャとした噛み応えではなくそれ相応のコシがある点で他店のそれとは違いますが、
やはりカンスイ臭が強い。
僕は何故か人一倍鼻が良いので、あれは辛いのです…。

京都のラーメン屋は長らく麺に無頓着だった時代があり、今も負の遺産を背負っている店が少なくありません。
そして残念ながら、それはかつて「京都ラーメン革命」なるものを立ち上げ、今や中堅どころとなった
高安や「いいちょ」、「あかつき」(いずれも京都市左京区)も例外ではありません。
しかしここ数年の間に創業された新店や某製麺所は意欲的にそこから脱却しようとしており、
一定の成果を上げつつあります。
彼らの「追い上げ」を老舗や中堅店はどう見ているのだろうか。
追い上げられているとの認識はあるのだろうか。

具はチャーシューにメンマ、九条葱とシンプルなもの。
薄切りの腕肉チャーシューはどこかで食べたような、しかし懐かしいという以上に
スープとの相性の悪さが気になるもの。
これは他の方も僕と違ったカタチで言及されておられますね。
救いだったのは、九条ねぎの鮮度が高かったことか。

おそらくここ4~5年の間のことですが、ラーメン及びつけ麺は飛躍的に進歩を遂げました。
というか、実はフレンチやイタリアン等ラーメン以外の外食産業もそう。
歴史上のどこかある地点で「地殻変動」が起こり、店側も客側もそれぞれより高い水準のテイストを
目指すようになりました。
かの有名な「ミシュラン」において日本は本国フランスに次ぐ星の数を獲得しましたが(しかも東京だけで)
あれは偶然ではありません。
かつての「本物志向(忠実にその味が再現された外国料理を求める)」を乗り越え、
昨今の日本は一大「食堂国家」へと生まれ変わりつつあります。

間主観的にこの胎動に揺られる店も客も増えつつある中、京都のベテラン及び中堅ラーメン店の大半は
完全に出遅れています。
「多化調」「カンスイ臭さ」「お決まりの具をお決まりの味付け 3点セット」。
これらから脱却しようとしません(「先」や「別」を目指しません)。
この保守性こそが、長年ラーメンを食べ歩いている関西在住のブロガーたちからの支持を得ない
理由でもあるのでしょう(「ブロガーの言うことなんて○×」と一括りにしてはいけません。
それはブロガーを100%信じることと同じぐらいの過剰さがあります)。
もちろん全ての店が常に進化・変化を求めなくても良いですし、進化・変化が無い(それを必要としない)
故に安心感を抱かせる店も必要。
しかしあまりにも保守的な店が多過ぎます。
かつて「京都ラーメン革命」なるものを立ち上げ、今もそう名乗り続けている高安といいちょ、
あかつきもしかり。
その旗印が形骸化しつつあるといって差し支えないでしょう。
とりわけ京都有数の行列店である高安といいちょにはより一層の奮起を促したい。
僕にとって高安の中華そば(並)は、そんな憂いを抱かせる一品でした。


そういうわけで、「高安」の「中華そば(並)」。
これが行列店ではない店のラーメンだったならば、66~68点と採点できたであろうと思われます。
しかし高安は京都有数の美味い店とされており、しかも「京都ラーメン革命」を標榜している。
これらをマイナスすれば50点程度にしか採点できませんが、しかし22時になっても行列が絶えない
ことがあるというのはある種のキャッチーな美味さがあるにはあるのだろうということでの59点です。
そして「アウェーゴールを決められたからには、その倍ゴールしなければ対等にならないぞ!
いつまで引き気味で一発カウンター狙いのディフェンシブな戦い方しているんだよ!」
との不満と鼓舞したい気持ちがあることはご理解願います。

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