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「鶏油と化学調味料」これを同列に捉えるラーメン評論家も居る。単純に入れれば入れるほど容易に美味くなるという点では化学調味料と同じと言ってよいだろう。鶏油が魔法の調味料と揶揄される所以である。「鶏と水」は「引き算」を具現化する代表的な方法と言える。「鶏と水(と醤油)」しか使いませんと言っている。先日、半年ぶりに飯田商店の醤油をいただいた。いわゆる「鶏と水」の頂点だ。美味い。すごく美味い。まるで味の百貨店のような絢爛豪華な味わいだ。「引き算」と言いつつ、鶏油は満面に湛えられ、醤油を幾重にもまとい複雑な表情をもたらす。もはや引き算とは言葉遊びに過ぎないように感じる。つい数日前大阪で「東京もんは醤油とアブラを飲んでいるだけだ」と大阪から一歩も出歩かないような老婆に言われた。東京では「鶏と水」と言いながら裏を返せば「醤油とアブラ」による装飾を競っているかのようだ。おそらくだが作り手も同じことを考えているのではなかろうか。ラーメン界に一大モーメントをもたらしたネオ東京清湯だが、かなり肥大化してきた感がある。次のリダクションが早々に来るのではないかと期待している。長野・安曇野の「麦一粒」。ロックンビリーの指南を受け、その丼は支那そばやから供されたものと聞いた。これは楽しみだ。鶏の香りは弱め。その理由は一見してわかる。この系統としては鶏油が少ないのだ。醤油は生醤油らしいコク弱くスッキリした味わい。舌に余韻を残さず(=キレが良い)スッと消える。塩味がやや立った感があるが、鶏油の量との兼ね合いなのか醤油のチョイスなのか良くわからなかった。出汁のほうは甲斐路軍鶏と佐野氏謹製の山水地鶏と羅臼昆布との事。鶏のチョイスとしてもスッキリ志向のようだ。で、これらの組み合わせで作られた味は、ロックンビリーに似ている。そして鶏油が少ないことによる不満足感は無く、よりシンプルに出汁の美味しさが感じられてとても良い。麺の食感はどことなく蕎麦を感じさせるみずみずしいもの。アルプス安曇富士の麓で供されるネオ東京清湯はシンプルでみずみずしい味わいの1杯と言える。もしかしたら新しい方向を示しているのかもしれない、そんな発見があった。
これを同列に捉えるラーメン評論家も居る。単純に入れれば入れるほど容易に美味くなるという点では化学調味料と同じと言ってよいだろう。鶏油が魔法の調味料と揶揄される所以である。
「鶏と水」は「引き算」を具現化する代表的な方法と言える。
「鶏と水(と醤油)」しか使いませんと言っている。
先日、半年ぶりに飯田商店の醤油をいただいた。いわゆる「鶏と水」の頂点だ。
美味い。すごく美味い。まるで味の百貨店のような絢爛豪華な味わいだ。
「引き算」と言いつつ、鶏油は満面に湛えられ、醤油を幾重にもまとい複雑な表情をもたらす。もはや引き算とは言葉遊びに過ぎないように感じる。
つい数日前大阪で「東京もんは醤油とアブラを飲んでいるだけだ」と大阪から一歩も出歩かないような老婆に言われた。
東京では「鶏と水」と言いながら裏を返せば「醤油とアブラ」による装飾を競っているかのようだ。
おそらくだが作り手も同じことを考えているのではなかろうか。ラーメン界に一大モーメントをもたらしたネオ東京清湯だが、かなり肥大化してきた感がある。次のリダクションが早々に来るのではないかと期待している。
長野・安曇野の「麦一粒」。ロックンビリーの指南を受け、その丼は支那そばやから供されたものと聞いた。これは楽しみだ。
鶏の香りは弱め。その理由は一見してわかる。この系統としては鶏油が少ないのだ。
醤油は生醤油らしいコク弱くスッキリした味わい。舌に余韻を残さず(=キレが良い)スッと消える。塩味がやや立った感があるが、鶏油の量との兼ね合いなのか醤油のチョイスなのか良くわからなかった。出汁のほうは甲斐路軍鶏と佐野氏謹製の山水地鶏と羅臼昆布との事。鶏のチョイスとしてもスッキリ志向のようだ。
で、これらの組み合わせで作られた味は、ロックンビリーに似ている。そして鶏油が少ないことによる不満足感は無く、よりシンプルに出汁の美味しさが感じられてとても良い。麺の食感はどことなく蕎麦を感じさせるみずみずしいもの。
アルプス安曇富士の麓で供されるネオ東京清湯はシンプルでみずみずしい味わいの1杯と言える。もしかしたら新しい方向を示しているのかもしれない、そんな発見があった。