ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さんの他のレビュー
コメント
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さん、こんにちは。
なんと屋号が1923年の関東大震災からの「復興」の意味だったとは。
歴史を感じますね。
スカイツリーにはまだ行ったことはないですが、
いつか行ってみるときに、この店に寄るのも良さそうですね。
ぬこ@横浜 | 2018年8月12日 16:38こんにちは。関東大震災とは大変失礼ですが、思いつきませんでした。災害が多すぎます。今年、町内会の役員になりまして、防災の日の防災訓練の段取りが大変です。
大正時代の創業ですか~ バックナンバー100が楽しみです!
いたのーじ | 2018年8月12日 19:13こんばんは〜
いよいよ99まできましたね〜😆
スカイツリー関連でガイドに紹介されると
反響がかなりあるみたいですね👌
良く行く錦糸町のお店も券売機が英語表記混じりで
かなり読みづらかったりしてます😅笑笑
銀あんどプー | 2018年8月12日 19:14どもです。
復興と言う言葉が今の日本人には響きますね!
餡掛けのラーメンは寒くならないと無理っす(//∇//)
ラーするガッチャマン(通院中) | 2018年8月12日 20:21戦後復興じゃないんですね。
関東大震災の20年後が東京大空襲ですもんね。
だからこの界隈は今や防災地域。
家の建て替えは木造禁止。
どこでも大型消防車が入って来れます😊
NORTH | 2018年8月12日 21:21こんばんはぁ~♪
復興軒の歴史はそういう事だったんですか。
いまや観光地のスカイツリーのおひざ元ですが
外国人観光客も多いんでしょうね。
さてさて次が楽しみです!
mocopapa(S852) | 2018年8月12日 21:40おばんです。
関東大震災の復興を願っての屋号とは驚きました。
まさに生き抜いてきた老舗の様ですね。
さて、いよいよ99まで...
おゆ | 2018年8月12日 21:44ぶるさん、
ついに歴史的な快挙まであと一つですね。
どの店が出てくるのかドキドキ。
まなけん | 2018年8月13日 06:00おはようございます(*^^*)
おっと、生駒軒からうっちゃりが入りましたね。
今の世の中、復興祈願だらけです。
さて、ぶるさんがトリに何処を指名したのか、
今から楽しみです。
としくん | 2018年8月13日 08:25こんにちは。
関東大震災とはこれまた古いですね〜
さて、キリ番はどちらでしょうか。
kamepi- | 2018年8月13日 09:38
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
4門
甚平
meak_noodles
Dr.KOTO
なまえ





なんとまあ、とろみの強い一杯だ。蓮華が沈まない。
いや、ホント。無論、ちょっと力と入れれば沈むのだが、蓮華を置いただけでは沈まない。ただでさえ外気温は30℃を超えているのに、これは堪らん。汗が止まらない。
頼んだのは自分だが。
スープは少々物足りないが悪くはない。卓上の辣油・酢・胡椒で味を調えられるし。麺は意外にしっかりしている。具は、白菜メインで、豚肉、ピーマン、人参、椎茸など。海老とか烏賊は乗らない。七百五十円也、はあ妥当かね。
・・・日曜の昼過ぎ、店内はほぼ満席の盛況。回転も悪い。それは家族連れ、飲んだくれが多いこともあるようだ。
オムライス、カレーライス、ホルモン定食・・・典型的な町中華。店内も素っ気ない。白い何の変哲もないテーブルが並ぶ。歴史は相当ある店だが、建て替えもされたのだろう、綺麗なものである。
此処は、東京スカイツリーの麓にある。だから色んな国の人が来るのだろう。中国語、韓国語、英語はもとよりフランス語やスペイン語に訳された「品書き」が並ぶ。もっとも、日本人のボクには関係ないし、字が小さくて見えにくい。それより、喫煙可ってどうだろう。ボクも喫煙者だが、食べるときには吸わない。喫煙者に大甘の国と良く言われるが、国際色豊かな店なら、せめてランチは禁煙にすべきではないか。
復興軒。店があるのは知っていた。しかし屋号に込められた「復興」とは、太平洋戦争からの「復興」だと思っていたが。
『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(町中華探検隊。立東舎、2016年8月刊)にこの店のことが書かれている。「復興の意味も分かった。大正十二年の関東大震災である。刻んだ歴史、百年近い超老舗」なのだそうだ。近年は、東日本大震災の関係で、訪れる客も多いという。
『風吹けば骨片が舞上る 十重二十重に折り重って』(1932・大正十二年九月九日付大阪朝日朝刊)。
関東大震災で最も大きな被害に襲われたのが、少し先の本所(両国)。陸軍省被服廠があった場所(現在の墨田区横網町公園一帯)で、大変な火災に見舞われたそうだ。その犠牲者、推定で三万八千と言われている。
巨大な塔の麓。訪れる数多くの外国人も、いや日本人も、まさかこの店があの大震災からの復興を願った店とは誰も思うまい。