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2021年4月2日の大崎裕史の今日の一杯

神奈川県藤沢市六会日大前

つけめん(連食2軒目にもりそば)

4月1日はラーメンの神様であり、つけめんの創始者である山岸一雄氏の命日。
山岸さんは1961年の創業以来、奥様と二人で店を守っており、弟子やスタッフを雇わなかった。しかし、1986年奥様が他界し、店を開ける気力もなく、ずっと閉めていたらお客様から店頭に励ましや応援の書き込みがたくさんあったという。そこでお弟子さんを雇って店を再開することになった。それが1987年。その時に採用したのは二人。その後、二人は独立を果たし、「豪快」(1990年大和市で創業、2001年藤沢市に移転)と「サニー」(1990年西東京市で創業)を開いている。当時は「大勝軒」の名前を受け継ぐ(暖簾分け)のはおこがましい、ということもあったのだろう。別の屋号での独立だ。ちなみに最初に「大勝軒」の名前を分けてもらったのは「滝野川大勝軒」。現「東池袋大勝軒」の店主・飯野さんの独立店舗で1995年創業。
山岸さんは子供に恵まれなかったが、その愛情をお弟子さん達に注いだ。おかげで全国で百人以上の子供や孫が味や暖簾を受け継いで守ってくれている。そういう意味では子宝に恵まれたとも言える。

ここ数年、4月1日は暖簾分けの「大勝軒」を回っていたが、今回は最初のお弟子さんの店をハシゴしてみようと思い立った。どちらも何度か食べている。
まずは「豪快」(小田急線六会日大前駅)。移転したのは2001年なのでそれでも20年経っているがまだ新しく感じさせるほどに綺麗。つけめん 840円を注文(あと会計制)。つけメンマ1065円など、5円単位のメニューがあるのも珍しく、店主の性格を表している。
自家製の麺は今どきのつけめんと比べると太くはないが昔の大勝軒らしさを感じさせるもの。つけ汁は清湯醤油であっさり。甘辛酸もそんなに強くはなく、そのままでも飲めるほどの濃さ。(スープ割りは用意されている)チャーシューがつけ汁にブロックで入っており、味が沁みて柔らかくおいしい。今でも開店時に満席になる人気で昼のみ営業。店主が今でも厨房でラーメンを作っている。
次ぎに1時間半ほど、移動して「サニー」。元々は喫茶店だったその名前を屋号に使っている。二人共同期で約3年の修業後に独立しているが麺もスープもやや違うのが面白い。こちらの麺は密度の高い小麦を感じさせる麺。スープはやや甘め。満席ではなかったが随時、お客さんも入ってくる。
2軒とも今のつけめんと比べると細めの麺、つけ汁は醤油清湯であっさり系。甘辛酸はそれほどではなく、二人が独立後に東池袋大勝軒が変わっていったと思われる。どちらも懐かしく、おいしくいただけた。
「サニー」ではもりそば小720円を注文したが、それでも麺は230gあるのでお腹いっぱいに。ここで小にしたのは3軒目に暖簾分け1号店の「滝野川大勝軒」(滝野川で創業し、今は池袋に移転)にも寄ろうと思っていたからだ。ところが歳のせいかその目標も果たせず。2軒で終了となった。

お店データ

豪快

豪快

神奈川県藤沢市亀井野2-3-21(六会日大前)

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    大崎裕史
    大崎裕史

    (株)ラーメンデータバンク取締役会長。日本ラーメン協会発起人の一人。東京ラーメンフェスタ実行委員長。1959年、ラーメンの地、会津生まれ。広告代理店勤務時代の1995年にラーメン情報サイト「東京のラーメン屋さん」を開設。2005年に株式会社ラーメンデータバンクを設立。2011年に取締役会長に就任。「自称日本一ラーメンを食べた男」(2024年6月末現在約14,000軒、約29,000杯実食)として雑誌やテレビに多数出演。著書に「無敵のラーメン論」(講談社新書)「日本ラーメン秘史」(日本経済新聞出版社)がある。