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2020年9月3日の大崎裕史の今日の一杯

太肉麺+麻辣飯

9月1日はラーメン評論家・北島秀一さんの命日で今年は7回忌にあたります。毎年、「桂花」で食べてるわけですが(昨年は食べられなかったかも?)そのわけは。
ネット上にもありますが、私と北島秀一さんの対談で書かれてあるのを引用します。
北島さん『でもラーメンに開眼したのはかなり遅くて、大学への進学で上京してからなんです。もちろんそれ以前からラーメンは好きだったんですけど、渋谷にあった「桂花」の熊本ラーメンを食べて人生が変わりましたね!まさに劇的な出会いでした。スープは白いしキャベツはのってるし麺はカタイし、最初は「なんだコレ?」って思いましたよ。ところがものすごくうまくて本当に感動しました。それ以来、一番多い時で年間300杯くらい食べましたね(笑)。』
私は典型的なコレクター(同じ店にはあまり行かずに、食べたことの無い店を食べ歩くのが好き)で北島さんはリピーター(好きな店に通い詰めるのが好き)。そんな中でも「桂花愛」が凄まじく、年間300杯食べたことがあるというのですから、恐れ入ります。年間300杯のラーメンですらなかなか大変なのに。
詳細を聞いたら東横線沿線に住んでいて、駒澤大学に通い、渋谷が乗換駅になるわけです。なので大学への行き帰りにしょっちゅう食べに行ってたと。昼夜食べたことも何度もあったとか。
私は、会社の先輩に新宿に連れて行かれたのが最初。喜多方ラーメンの多加水麺で育っているので「桂花」の低加水硬質麺は最初は馴染めませんでした。「生煮えじゃないの?」と思ったものでした。しかも壁に「3回食べてみてください」なんて書いてあるし。「こんな固い麺、3回も食べられるか!?」と憤慨していたのに、いつの間にか三度どころか、新宿に行くたびに食べるようになってしまったという。。。まんまとはまってしまいました。おそらく、一番はまっていた時に働いていた人達が独立して出した店が、「ときん」(武蔵新田:閉店)、「桃太郎」(長野県)、「ブッダガヤ」(小田原)など。この3軒は、あの頃の「桂花」を彷彿とさせる味わいで実においしかった。
今でも「太肉麺」1000円が一番人気でしょう。この日は、若い人を中心に1回は満席。2階に通されました。そのターローメンとポスターで旨そうだった「麻辣飯」200円を注文。懐かしく味わってきました。
なお、桂花の店舗展開をHPから引用します。
昭和40年 9月熊本 桂花ふぁんてん開店
昭和43年 12月 東京 新宿末広店開店
昭和47年 9月東京新宿東口駅前店開店
昭和56年 4月東京 新宿ふぁんてん開店
平成6年 11月東京 渋谷センター街店開店
平成12年 12月東京 池袋サンシャイン60通り店開店
1985年(昭和60年)オープンの渋谷プライムの麺道場が抜けてますね。北島さんが一番通ったのはそこです。もちろん私も通いました。ラーメン集合施設は珍しかったですからね。

大崎裕史
大崎裕史

(株)ラーメンデータバンク取締役会長。日本ラーメン協会発起人の一人。東京ラーメンフェスタ実行委員長。1959年、ラーメンの地、会津生まれ。広告代理店勤務時代の1995年にラーメン情報サイト「東京のラーメン屋さん」を開設。2005年に株式会社ラーメンデータバンクを設立。2011年に取締役会長に就任。「自称日本一ラーメンを食べた男」(2024年6月末現在約14,000軒、約29,000杯実食)として雑誌やテレビに多数出演。著書に「無敵のラーメン論」(講談社新書)「日本ラーメン秘史」(日本経済新聞出版社)がある。