「日本初のラーメン店」説が覆った日。
これまで1910年(明治43年)にオープンした浅草の「來々軒」が「日本初のラーメン店」とされてきた。しかし、先日の新横浜ラーメン博物館の発表ではそうではなく、「日本初のラーメンブームを作ったお店」という紹介だった。いろいろな資料や文献を調べ直した結果、そうなったと。
「日本初のラーメン店」(に近い内容)と書かれているのは「「にっぽんラーメン物語」と「ラーメンの誕生」。しかし、グルメ仲間から教えてもらった本「お好み焼き物語」を読むとこう書いてある。「その間違った情報の多くが『ラーメンの誕生』(岡田哲)に由来する」「『にっぽんラーメン物語』(小菅桂子)には来々軒三代目尾崎一郎の証言が掲載されているが、尾崎は来々軒が”「シナそば」を創作した”とは言っていない。尾崎が来々軒の発明と主張しているのは支那そばではなく、中華丼だ。」
日本初の中華丼を生み出した店だったのか!(笑)
私もまさかお好み焼きの本にラーメンのことが詳しく書かれてるとは思わなかったので読んだことが無かった。この本に関しては他にもラーメンに関する面白いことがいろいろ書いてあり、ラーメン好きなら読んだ方がいい。2200円の本なので少々お高いが・・・。
いやはや、いろんな誤情報がまかり通っていた。(私も多方面でそう語ってしまった。(反省))
そしてそんなことを改めてネットで検索すると今年4月の段階で「來々軒は日本初のラーメン店ではない」とブログで書いている人がいた。このページもまたすごく参考になるのでリンク貼っておく。超長文だがマニアは読んだ方がイイ。
https://blog.goo.ne.jp/.../a2cff9cb8dcf5636a5caab3e78a695b3
それと現存する最古のラーメン店は「來々軒」の味に感激した人が作った「大貫(だいかん)」(尼崎)ということになっている。店名の由来は『「貫」という文字は初代長治の《初心を貫く》と言う志から、一方「大」は創業340年京都すっぽん料理の老舗・≪大市≫から《大》の文字を一文字いただき『初心を大きく貫く』という信念を込めて、屋号を『大貫』と改名いたしました。』となっている。この日の発表によると來々軒の製麺担当者は「大貫さん」というらしい。この偶然がまた本当に驚いた。
さて、「日本初のラーメンブームを作ったお店」ということだが、2020年5月現在、全国に『来々軒』というお店は171軒ある。(ラ博調査)しかもパリやニューヨークにもある。
また、前記したように現存する最古のお店「大貫」は「來々軒」の味に感激して作ったと言われている。さらに100年を超える老舗が岐阜にある。1917(大正6)年創業の「丸デブ総本店」で、こちらも「來々軒」の流れを汲んでいる。そしてご当地ラーメンとしてはかなり古い部類の「津軽そば」=青森の最古のお店は五所川原の「来々軒」と言われており、これも「來々軒」の流れではないかという話もある。九州ラーメンの元祖である「南京千両」は横浜の南京そばを参考にして出店し、後にその流れの「三九」で白湯ラーメンになり、九州全体(鹿児島を除く)に広まっていった。ここで「南京千両」のスタート時が醤油味であることから、「來々軒」からの広まりではないか?という推測もある。つまり、「日本のラーメンの広がりは來々軒から始まった」という新説である。(プレス発表時の館長の発表より)
というわけで前置きが長くなったが「日本初のラーメンブームを作ったお店」が2020年10月14日、百余年の時を超えてラ博に蘇ったのだ。今回は、ラ博が調査した証言や史実を元に再現。断片的なものや不明な点は当時の裏付けのある資料や食事情、時代背景から推測をし、末裔の承認を受けたもので再現。
スープは、国産の豚、鶏、野菜に、昭和初期ごろから加えられた煮干も使用。弱火でじっくり炊き上げた清湯スープ。麺に使用する小麦は、明治まで遡り、当時の遺伝子を持つ後継品種「さとのそら」を使用。創業当時の「青竹打ち」(1100円)と昭和10年以降の「機械製麺」(930円)の2種類で、選択できる。メンマは、台湾産の乾燥メンマを1週間かけて水で戻し、味付け。焼豚は、味をなじませてから、直火の吊るし焼きにした焼き豚。どちらも手間暇をかけた昔ながらの製法で再現している。こんなことを実現・運営できるのは「支那そばや」以外にない、と創業者・尾崎貫一の玄孫、高橋雄作さんが「支那そばや」に依頼。現「支那そばや」代表・佐野しおりさん(ラーメンの鬼・佐野実さんの奥さん)は「最終的には、もし佐野(創業者 佐野実)が生きていたら“このプロジェクトに命を懸けて受けていた”だろうと思うし、私も使命だと思い、お引き受けすることにしました。」と語っている。つまり、新横浜ラーメン博物館、「來々軒」創業者の孫及び玄孫、そして「支那そばや」の3者で取り組むプロジェクトということになる。素晴らしい。いろんなことに感動しすぎて、10月9日にプレス発表を聞き、試食もしたのになかなか原稿が書けなかった。それくらい壮大な話であり、感動的で、歴史的な開店である。私も2014年の東京ラーメンショーで「来々軒」の復活をプロデュースした。それはイベントで6日間のみの提供だった。今回は数年単位の復活である。ラーメンの食べ歩きを50年近くやってきて、いろんな思いがこみ上げてきた。そんな歴史的な話である。
「支那そばや」のスタッフは、「限りなく昔と忠実に再現する」という幾多の条件をクリアし、しかも本当においしいラーメンを創り上げた。その努力と工夫に敬意を表したい。もちろん三社の思いがあったからこその完成であり、オープンである。この一大事業をラーメン好きなら食べるべきである。この感動をより多くの人と共有したいと思う。(いろんな想いが巡り巡って長文なのに収拾が付かない内容になってしまったことを反省。)


















