コメント
福井に行ったとき、隣にあるの知ってましたよ😆
よく考えると、近所は町中華だらけなんですよ😅
片っ端から行ってみようかなぁ
NORTH | 2020年3月10日 17:05こんにちは〜
流石、良くお調べになっていますね👌
下町にかなり日集中してますね。
東中野は行ったことがありますが、もう一度行ってみますかね。
銀あんどプー | 2020年3月10日 17:34ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さん こんにちは!
凄い! よくこんなに調べましたね!
広東麺って食べた事がないんです_| ̄|○
横浜にもあるのかなぁ?
ヨコべー | 2020年3月10日 18:03こんばんは(*^^*)
おっと、珍來シリーズかと思いきや❗
生駒軒は前回シリーズでも極めてましたよね。
青木氏と山岸氏が山ノ内町ご出身とは知ってましたが
生駒軒の創業者もでしたか。
としくん | 2020年3月10日 20:38こんばんはぁ~♪
ナイスレポ 乙です!
生駒軒はどちらも未訪ですが、この歴史を読むと
興味津々。
生駒軒ツアーお願いします!
mocopapa(S852) | 2020年3月10日 21:25こんばんは❗
浅草開化楼て、人気あるんですね~
小生のバカ舌には、あまり違いが?
解らないかも(笑)
あひる会長 | 2020年3月10日 22:49こんにちは。
生駒軒調査お疲れ様です。
創業店検証のブログは永久保存版ですね。
kamepi- | 2020年3月11日 09:29そう考えてみると、としさんコメにもある様、
長野県山ノ内町出身との共通点があるのですね。
おゆ | 2020年3月12日 04:27ぶるさん
こうやって店の歴史を調べて、実際に食する。新しいラーメンの楽しみ方かもしれませんね。
まなけん | 2020年3月12日 06:37こんにちは
生駒会。大きな勢力だったんですね。
それだけ支えてくれる基盤があって何故閉業してしまったのでしょうね。
山ノ内町。
いよいよ気になりだしました^ ^
あらチャン(おにぎり兄) | 2022年10月6日 09:56
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
hori

井之頭イチロー
BUBU
甚平





【これが噂の暖簾会~2】
一、入谷の里に うぶ声上げし 我ら集いの生駒会
喜び悲しみ分かち合い 手に手を取って いざ行かん
二、主人店員みな気を合わせ 和気あいあいのその中で
大きく育て生駒会 ガッチリ組んでさあ行こう
三、希望にみちた我等が生駒 永遠に続かん後輩を
慈父母の如き 眼して いざや育てん 生駒会
今も歌い継がれているのか、は不明だが、生駒軒の暖簾会=生駒相互親睦会『生駒会の歌』の歌詞、である。
「かつて創業者が興した児玉製麺所の麺を使うことが生駒相互親睦会の決まり。しかしその製麺所が廃業となって、今は開化楼が多いんだ」。そんな噂もある此方なのだが・・・
まあ、何が変わっているだけでもない、町中華の広東麺ではある。麺がイイ。コシがしっかりしていて、これはラーメン専門店レベルだ。町中華最大の弱点とも言えるのが「ヤワ麺」が解消されれば、結構喰える店は多いのだ。
此処もそんな店ではないか。何といっても、大正時代の製麺所から綿々と続く名門(?)「生駒軒」の系譜である。
しかし、本当に開化楼なのだろうか? 確かめる術はあるのか? 店の人に聞けばいいのだが、なんとまあ、此処も凄い客で、待ちこそできないものの、一人出ては一人入って来るって感じなんだ(食べたのの新型肺炎感染が日本で始まる前)。とても聞ける雰囲気ではない。
ともかく、頂いた一杯、麺は前述の通りで文句ない。スープは・・・ゴメン、やっぱり此処は町中華。いやいや不満なぞないよ。こういう、平板・・・失礼、特に特徴なぞないが甘みがあって美味しく飲めれば文句ない。
広東麺だから餡を纏った野菜たち。白菜メインで、ピーマン(毎度・・・だからこれは入れちゃあアカンって!)、マッシュルーム、長ねぎ、人参、木耳、豚肉、筍などなどで、町中華店で850円ならまあ一般的。
・・・この日もカミさんと買い物した帰り。土曜日の昼前のこと。ネットで検索して此処に決めたのだが、行ってビックリ! なんと先日行ったばかりの 中国料理 福井 の隣である。見ると、共に店舗が一階の下駄履きビル。オーナーなんだろうな。すると収入は安定、なのだろうか。
店の創業時期も分からんかった。調理のメインは40代のご夫婦と思しき方で、両親と思われる方も厨房においでになったから、それほど古いということではなかろう。つまり、向こう二十年くらいは安泰ということかな。ご馳走様。
帰りがけ、入り口付近に目をやると、麺箱が見えた。読めた文字は。
「●●●化楼」。
やっぱりね。でも、たまたまこの店だけかも知れない。もう一店くらい行って確かめないとな・・・
・・・主に東京の東部に展開する一大町中華暖簾店群・生駒軒(生駒菜館)。正確には『生駒相互親睦会』といい、その会員店は最盛時に100店超とも120店超とも言われるほどの「勢力」だったそうだ。現在は30店舗弱であるが、中には現役のトンカツ店もあるんだ。
1917(大正6)年、長野で店(蕎麦店と思われるが正確には不明)を営んでいた創業者(児玉氏)が、現在の台東区松が谷三丁目で「児玉製麺所」を開いて始まった「生駒(軒・菜館)」の歴史。児玉氏は、丸長 荻窪本店 の創業者・青木氏同郷、すなわちと長野県山ノ内町出身で、青木氏とは上京後も親交があったという。中華料理店としては人形町店 (生駒軒)・生駒軒 日本橋浜町 など同時期に5店舗が開業したことが始まりだという(人形町店にて確認)。生駒軒 日本橋浜町 が1964年開業であるから、おそらく人形町店も同じ年の創業であろう。
その人形町店は児玉氏の娘さんが開業、一方、児玉氏の実姉の子である方が、生駒軒 日本橋浜町 と同じ年、すなわち1964(昭和39)年に開いたのが水天宮店(生駒軒 水天宮) 。しかし、全く残念なことに2018年暮れ、店を閉じてしまった。ボクが伺ったのはその年の夏で、児玉氏の実姉のお孫さん夫婦で経営していたのだ。それほどお歳には見えなかったが・・・。
その水天宮店の奥様をして「現役店では一番古い」とされたのが、梶原店(生駒軒)で、創業は1958(昭和33)年。ボクはやはり2018年の夏に伺った。ご夫婦ともかなりお年を召しておいでで、昼のみ営業でかつメニューを絞って営業しておいでだった。現在もそのようである。
生駒軒の創業店検証の経緯は此処にまとめてある。
https://blog.goo.ne.jp/buruburuburuma/e/e0117eed798777ac632c952230b100ba
その後に分かったことは、随時書き加えていくつもりだ。