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「乾隆肉麺(ランチ価格1,220円)」@揚子江菜館の写真淺草來々軒にまつわる八つの物語 其ノ六 「支那そば」屋

 富士山をイメージしたような冷やし中華で知られるこの店。創業は1906(明治39)年のことで、都内屈指の超老舗中国料理店である。ボクは二回目だけれど、前回食べた際は、あまり良い印象はなかったのだが・・・

 しかし、淺草來々軒の真実を語ろうとすれば、この店は極めて重要な意味を持つ。出版社などのスポンサーが付いてくれていたならとマジで思う。まあ、ない物ねだりをしても仕方なし。

 頂いた一杯は、やっぱり、うーん、である。

 スープを一口、どうにも奥がない、薄っぺらな感じなのだ。昨日の漢陽楼 と同じように、明治末期から中国人留学生を相手にしていたのだから、とも思うのだが、こういう味を好む人もまた、多かったのだろうと思い直す。

 東坡肉は、相当脂を落としてある。だからしつこくはないのだが、その見返りに硬くなってしまっているのは残念だ。日本の豚の角煮の原型とも同種ともいわれるのだが、やっぱりこれはトロトロと蕩けるような食感で頂きたい。そしてかなり甘いし、八角の香りもチト強い。

 しかしまあ、良くできたものである。東坡肉の強い味付けが、スープに香りとともに乗り移ってくるのだ。単調だったスープが、飲み進むにつれ、俄然、個性を主張し始めるのだ。甘く、しょぱく、そして香しく。こういう効果を狙って作っているのだろうか。

 麺は、博多ラーメンを彷彿させる極細ストレート。しかも相当に軟い。こういうスープだから麺はチュルチュル啜れるこういうのがいいだろう。



 ・・・新型コロナウイルスの影響か、神保町もまた、人通りは普段より少ない。それでも銀座、新宿、池袋、上野といった繁華街よりはまだましなようである。飲食店のいくつかには行列もできていた。細長いペンシルビルのようなこの店にも、ひっきりなしに客は来る。ランチで喰うには決して安い店ではないが、百年以上の歴史が生む味のファンは多いということだ。ご馳走様。



 さて、ここから【淺草來々軒にまつわる八つの物語 其ノ六】である。6回目は「支那そば・屋」。ラーメンの鬼の、故・佐野さんのお店では、ない。

 漢陽楼 でも書いたが、神田神保町、小川町界隈はかつて中国からの留学生と、その暮らしを支える人々が多く暮らしていた。留学生たちが食事の時に頼りにしていたのが、中国料理店。この店も同様で、初代店主は中国浙江省・寧波の出身。1906(明治39)年に西神田でこの店を創業した。貧しい留学生に気遣い、金がないという留学生には「都合の良い時でいいから」と言いながら料理を振舞っていたそうだ。客の中には、日本に留学中の清朝末期の女性革命家・秋墐もいたという。彼女の存在は中国革命運動の精神的支柱の一つだったともいわれている。店は、関東大震災を機に、現在の場所に移ったという。

 この揚子江菜館、実は創業年次がもっと古い、という話がある。しかもその店は、日本初のラーメン(専門)店であった可能性があるのだ。

 日本初のラーメン店、ラーメン専門店は淺草來々軒、という説がある。しかし、その根拠は、まったく、ない。「著名なラーメン評論家が書いているじゃないか」「いろいろなWEBサイトにそう記してある」・・・。確かに、そうだ。しかし、そう書いてあるその先にあるもの、つまり『淺草來々軒=日本初のラーメン(専門)店』説の根拠を探してみるといい。1990年以前に書かれた本には、皆無ではないか。まったく、書かれていない、のでは思う。ちなみに『日本で初めて店を構えたラーメン店』という根拠も、まったく見つからない。

 『淺草來々軒=日本初のラーメン(専門)店』説は、おそらく1990年代に、ある場所から唐突に発せられたと考えている。なぜなら1980年代以前に書かれた本には、そういった記述がみられないからだ。少なくともボクが調べた1980年以前の数十冊の本にはそうした記述は一切ない。逆に『淺草來々軒=日本初のラーメン(専門)店』でない根拠を記した本は何冊か、見つかる。インターネット接続環境があれば、少なくとも二冊の本が見つけられるはずだ。一冊は割と簡単に見つかると思うし、その本が見つかれば、昭和初めに書かれたもう一冊の本はすぐ見つかるし、全文、WEB上で読むことができる。

 探すのが面倒という方は、あと数日後にボクのブログでその本をお教えしよう。思わせぶりで申し訳ないが、RDBにレヴューをUPしながら、並行してブログの文章の推敲を重ねているから・・・なにせ、文字だけで400字詰め原稿用紙120枚超、体裁を整えたら140枚にもなってしまったのだから。あと、2回のレヴューで、もう少しRDBでも明らかにしていくので、ご容赦。

 さて。揚子江菜館が明治39年以前に掲げた屋号は。ズバリ、そのものである。それは。

「支那そば」 。

(資料:NPO法人神田学会『神田アーカイブ 百年企業のれん三代記 第26回 揚子江菜館』より)
 http://www.kandagakkai.org/noren/page.php?no=26
(続く)

投稿(更新) | コメント (10) | このお店へのレビュー: 2件

コメント

こんにちは
うーむ、スープもトンロンポウもイマイチとは。
それでいてなんとかまとまっているようで、そこは歴史ですかね。

まなけん | 2020年4月5日 11:33

ランチ価格で1200円なんですね。
お財布に余裕があるときチャンスがあればですかね。

YMK | 2020年4月5日 11:40

こんにちは。1990年代と言えばラーメンブームが起こった頃……日本初ラーメン専門店説がゆらぐかな?

いたのーじ | 2020年4月5日 12:22

こんにちは
深いですね。
読んでると引き込まれます。
神田にあったこの店か、同じ様に何軒かあったであろうお店が初のラーメン屋なのは確実の様ですね。

あらチャン(おにぎり兄) | 2020年4月5日 14:04

こんにちは〜
拝読してたら、唐突に中華街の徳記で食べた一杯を思い出しました。
昔の新聞を片っ端から読み漁るのも面白そうですが、大変過ぎますよね😅

銀あんどプー | 2020年4月5日 14:10

ここも一度行ってみたいとは思っているのですが、
ガッカリするのが怖くて、二の足踏んじゃいます😅

NORTH | 2020年4月5日 15:29

こんにちは^^
執筆活動お疲れ様です。
いやぁ~ブルさんの執念を感じます。
日本のラーメン史の1ページが変わるんですね!

mocopapa(S852) | 2020年4月5日 17:17

どもです。
日本のラーメンの第一歩は神田なんですね✌
神田で働く自分もなんだか嬉しいです😄

こんばんは😃

ムムッ!明治39年⁉️
淺草來々軒よりも4年か5年早いつうことじゃないですか。
しかも支那そば。
どんな結末が待っているんでしょう。

としくん | 2020年4月5日 19:42

こんばんは~
随分、高級な一杯ですね❗
この価格で固い角煮は…残念。
麺も固いとは、マニアックな商品なのか?
興味は、ありますね。

あひる会長 | 2020年4月5日 21:51