コメント
毎度~
チーナンもつ~
ここは、行きたいお店、5本指に入っとるよ~
今年中に行ってみたいね~
アカンな~同好会 | 2012年4月1日 07:45師匠,どもー。
行ったんですね。
高速が途中から無料とは言え,ガソリン代かかったでしょうに。
それでも行きたいお店ですよね。
私もチョー気に入りました。
麺のコナコナ感も私は好きですよ~。
その他も回ったんですね。復興,心から願います。
Ra.Ibasen | 2012年4月1日 09:48塩のヲタクはぶるまなじっちゃんさん こんにちは!
福島まで行ったんですね。素晴しい!!
1日も早く復旧・復興してもらいたいですね。自分も何かお手伝いできるかな?
やっぱり、ラーメンを食べに行って、買い物することかな?
ヨコべー | 2012年4月1日 16:45こんにちは。
ワタクシも、昨年の夏に宮城県の行きつけの店を見てきました。
(ラーメン店ではありませんが・・・)
言葉になりませんでした。
ただただ、復活を祈るのみです。。。
hima | 2012年4月1日 17:04こんばんは。
復旧も一歩一歩進んでるんですね。
まだまだ先は長いのでしょうが、
早く日常を取り戻して欲しいです。
kamepi- | 2012年4月1日 18:40師匠まいどです。
小名浜は親戚がいて何回もいってるんです。
小学生の頃は現在の避難区域に住んでましたし…。
ホントに少しづつでも復興してきてるようで嬉しいです。
でも、富岡町。誰も住んでないんですよね。
もうすぐ町中で桜が咲き乱れる名所なんです。
ホント悔しいです(泣)
したん | 2012年4月1日 22:15復興を感じるレビですね。暖かいものをいただきました。
本当に、避難地のことを知ると、「普通であることの大切さ・幸せさ」を感じますね。
とまそん@ラーメン食べて詠います | 2012年4月1日 22:24どもです!
福島遠征お疲れ様です^^
あれから1年が経過しましたが痛々しい部分も多々あるようですが
是非がんばってほしいですね^^
仕事で関係している方々も多い地区ですのでいずれ機会があればお邪魔してみます!
King Tetsu(なの?) | 2012年4月1日 23:55どもです!
他の麺友さんのレポで
気になっております!
いつか遠征してみたいっすねぇ~(^^)
YMK | 2012年4月2日 09:23こんちくわ~。
良い文章でした!
少し感動しましたよぉ~^^
ラーメンも、さぞ美味しく感じた事でしょう。
自分も何か出来ないか、改めて考えて見ます。
富士山 | 2012年4月2日 10:30こんにちは。
福島遠征お疲れ様です。
私も親戚が被災しまして、大変な思いをしてるのを聞いてますので、考え深いものがあります。
1日も早く復興することを願ってます。
こちらは遠くて行けませんw
Stag Beetle | 2012年4月2日 16:23KMです。
こういうのは書くのが難しいな。
>チーナン食堂で喰い終えた客の表情は、皆、満足気だったな。
これがラーメンの役割ではないでしょうか。
これでいいんだな。
KM | 2012年4月3日 12:20なんと言いますか
僕の言いたかった事を上手く伝えてくれて有り難うございますm(_ _)m
街はまだまだですが、そこに生活する方々の活気に僕らが元気付けられたようです。
今後も出来る事を続けて行きたいです。
有言実行有り難うございます。
長八・・・・・でしょ!?
Liberty | 2012年4月4日 22:36あら?
フットワークがエエなぁw
オイオイツイズイシマス
ユー坊 | 2012年4月5日 12:57
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
パットの星☆彡
temo
じゅーじゅ
とくちゃん
TAKA





かつての上司がいわき市の出身だったんだな。「小名浜はホントいいとこだよ。遊びにおいでや」と何度も誘われ、いつか行きます、と答えておった。それから24年後、ようやく約束を果たすことになったんだな。
『あの日』から一年とちょっと経ったいわき。小名浜から北へ50kmも上がれば、ソレはあって。音も立てず姿も見せず、ソレから排出されたアレは、まだ居座り続け、そこに暮らす人々が戻って来るのを拒んでいるんだ。
今は憎悪の如きの対象となったソレは、あの日の前までは、人々に光の恩恵を与え続けた存在であったのに。憎悪にしても恩恵にしても、ソレを作ったのは私たち日本人なのであるが。
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中国山東省の省都「済南(チーナン)」を由来とする屋号のこのお店の前に来れば、否応なくそんな思考が頭を巡るさ。このお店も水を被り、暫く休業を余儀なくされたそうだ。その後、調理機器や冷蔵庫を新しくし、昨年の5月14日から再開したそうな。
創業は1957年だそうだ。55年目、つーことか。あんなことは、その長い歴史でも初めてやったろう。大変だっただろうな、と思いつつ、扉を開けると。11時チョイ前、先客5人なるも、あとからたくさんおいでだよ。いやはや、凄い活気だぜ。
店内は水を被った痕跡はなくなっているよ。雰囲気は。そう、地方都市の食堂然、といった雰囲気だ。つーか、ココはまさにそうなんである訳だが。
http://photozou.jp/photo/photo_only/1868636/128209452?size=800
初訪のお店で「塩系」がある場合、ぜーたい塩系頼むわけだが。皆さまのレビューにて回避し、掲題のモノ選んで口頭で告げますよ。およそ8分でお待ちどさまだ。お~なんとゆースープの量! 丼から溢れんばかりとゆーか。実際、溢れてこぼれてるしw
http://photozou.jp/photo/photo_only/1868636/128209474?size=1024
んでは、スープからいただきましょ。
例えるなら、子どもの頃に、夕焼け空に響くチャルメラの音色に誘われて、母親にねだって喰った醤油らーめん。
まー屋台で喰ったことはないのであるが。郷愁を誘う、つーわけさ。チャーシューの煮汁なんだろう、結構濃い目の味がするよ。あとは豚骨やガラなんだろうね。そりゃ子供の頃の喰ったらーめんよっか、ずっと輪郭の定まったスープだと思うんだけんど。おそらく店全体が醸す雰囲気が、この一杯に昭和30年代の味付けをしてるんだろうな。と思ってみたりする。
麺は。正直、コナコナ感がするんだが。同じ小名浜にある諸橋製麺所の麺だとか。この製麺所、かなりの老舗のよーだよ。茹で方か湯切りの問題なんかの。。。
具はメッチャシンプルでっせ。肩ロースのチャーシュー6枚。でっかいぞ。しっとりした逸品でないか。あとは葱、メンマ。
メンマはのぉ~。ギョウムチックなんだな。何故解かるかつーと。メンマ袋が積み上げられてたw
ただ、らーめんつーのは、これでいいと。これで十分、だと。
50数年に及ぶ営業、被災しつつも見事復活、地元や漁港の人々に慕われる、それで十分でないかい。しっかりした旨味のあるクラシカルテイストの一杯、スコアは不要と思うんだが。そうもいかず。たっぷり満足ご馳走様。
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車でいわき市内を周って見たよ。あちこちで道路の復旧工事が今もされていたが、それでもところどころで波を打つ。だいぶ瓦が落ちたんだろう、屋根を修理している住宅も多かった。立ち寄ったいわきニュータウン内にある仮設住宅から、人々が住み慣れた街に戻る日は見えていない。
漁港近くの「いわき・ら・ら・ミュウ」にも立ち寄った。あの日直後の映像を見ると、硝子は割れ、道路の舗装が剥がれ、惨憺たるものであった。
それでも今は。
6か月後に再開したこの施設。東京から観光バスが来ていたよ。広い駐車場も6割程度が埋まっていたぞ。販売しているおばちゃんは「東京から来たならいっぱい買ってけ」と笑いながら声を上げてたよ。今の私にできることは、ココで物を買うことくらしか出来ないんだけど、無類の鮪好きの私のこと、築地あたりで買うより安価なメバチやビンチョウを大量に仕入れてきたさ。
チーナン食堂で喰い終えた客の表情は、皆、満足気だったな。
街は日常を取り戻そうとしている。少しずつ少しずつ。また一年後、美味いらーめんを喰い、安く新鮮な魚を求めに来たいね。その時、街はもっと以前の日常に近づいているはずだよね。がんばっぺ、福島。
※動画については「元気です!小名浜港 ~震災を乗り越えて~」を参照させていただきました。
http://www.city.iwaki.fukushima.jp/movie/3119/012862.html
※さん、>何となく、僕の地元の手打ラーメン 長八に似ている気が
御意