新横浜ラーメン博物館の「あの銘店をもう一度」第13弾は博多「元祖 名島亭」。2023年3月14日(火)~4月3日(月)までの出店。その期間、大将の城戸さんは新横浜に常駐するとのこと。
初日の開店と同時に行ったので入口で城戸さんがお出迎え。あの人懐っこい笑顔で迎えていただきました。そして、久しぶりだったので力強い握手。ありがたや〜。これで半分以上の目的を達した(笑)。
主なメニューは、のり玉子ラーメン1100円(ミニ900円)、ラーメン850円(ミニ650円)、チャーシューメン1150円、スペシャルラーメン1200円、他。
ラーメンを注文。
麺はコシの強い極細ストレート麺(番手28/自家製麺)を使用。
スープは豚頭、げんこつを使用し、丸2日以上かけて作られた濃厚白湯スープ。
具材はチャーシュー、ネギ、キクラゲとシンプル。卓上に胡麻と紅生姜。
これまでの『私と名島亭の思い出』。
「名島亭」の創業は1987年。私が地方のラーメンを積極的に食べ始めたのはインターネットが日本に登場した1995年以降。それから、博多は何度も行っているが、「名島亭」を食べたのは意外と遅い。1990年代に活用していたラーメン本に載っていなかったのかも?と調べてみたら、ちゃんと載っていた。改めてなぜ、足を運ぶのが遅れたか?
まず、今でこそ、福岡のラーメンシーンはやれ“非豚骨”だ“醤油味”だと言われているが、当時(1990年代後半)のラーメン本はほとんどが豚骨である(笑)。豚骨ではないラーメンもたまに載っているが、それは異端児的にしか見えず、とても優先的に食べに行きたくなる感じではなかった。では「名島亭」は異端児だったのか?そうではない。今、改めてそのラーメン本を読んでみるが、同じような豚骨ラーメンが並んでおり、その差別化がほとんどなされていない。ラーメンライターの技量もあるのだろうし、福岡の人が豚骨ラーメンを店によってその違いを書き分けられる時代ではなかったのだと思う。当時の私もできなかっただろう。それと店名の由来にもなっている東区名島は市内繁華街からちょっと離れたところにあった。なので優先順位が回ってくるのに時間がかかったのだ。
そんな私を行く気にさせてくれたのは2008年に放送された「九州ラーメン総選挙」。この番組で1位になったのだ。その頃、すでに福岡県だけで100軒以上は食べていたはずなのに、1位の店を食べていない自分が情けなかった。そんな気持ちですぐに食べに行った。すると実においしかった。1位は伊達じゃないな、と思った。博多ラーメンなのに久留米っぽさもあり、十分過ぎる個性があった。あとでわかったことだが久留米から羽釜「築炉釜(五右衛門釜)」を取り寄せてスープ作りをしていたという。
そしてそれ以降、コレクターの私なのに「名島亭」は何度も食べた。むしろ、追いかけるように食べた。「一風堂」の支援を受けるようになってからも食べたし、福岡ラーメンショーでは一風堂とのコラボでちゃんぽんを出していた。そのあと、東京ラーメンショーにも出店。この時、ブースの中に入るのではなく、ブースの前でお客様のお相手をしている店主の姿を毎日見ることができた。中に入ってラーメン作りをするのも店主としての重要な仕事だが、表に回ってお客様と接することも大事な姿勢だった。
そして新横浜ラーメン博物館出店、鴨居の商業施設、博多の駅ビルなどでも食べた。そしてその行く先々に創業者である城戸修さんの姿があった。私は「名島亭」を食べに行っていたのではなくて、城戸さんの笑顔を見たくて足を運んでいたのではないか?そう思えるほど、城戸さんの笑顔があった。そしてそのたびに元気をもらって帰って来た。私より、8歳も歳上なのに私以上に元気なのである。今は、現役を引退し、趣味の山登りなどをしているようだ。私は駅の階段を昇るのですら、難儀しているのに歳上の城戸さんは山登りをしているというのだから頭が下がる。そして、「名島亭」は新横浜に復活する。2023年3月14日(火)~4月3日(月)の3週間だが、この期間中、城戸さんは常駐するという。あの笑顔に会えるのは嬉しい。そして「名島亭」のラーメンを久しぶりに食べられるのもありがたい。本店を閉店してしまった今、城戸さんの笑顔に会えるのはこんな機会しかない。「名島亭」が好きな人、そして城戸さんのファンの人、ぜひこの期間に新横浜へ!
















