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2018年12月1日の大崎裕史の今日の一杯

東京都目黒区目黒

1年2カ月ぶりに「田丸」へ。どうやら「今日の一杯」には書いてなかったようで、初登場!
1945年(昭和20年)創業なので73年目。調べたいことがあったのでネット検索していたら、なんと店名の由来を発見。私が「田丸」を食べてから36年経つが、初めて知った。

それは「創業者のお孫さんが兄の同級生」という人のブログから。
「創業者は吉田さん。吉(よし=〇)と「吉田」の田・・・田丸です。」だそうです。

さらに二代目は息子さんだと思っていたのも覆された。
「暖簾を赤の他人(男性2人)に承継する。そして一時期、学芸大学に移転してしまう。」

今の三代目は中国人の二人。これは合っている。

私が確認したかったことは、スープの中にタレも入れていたかどうか。最近誰かとそんな会話をして思いだしたのだが、メニューによって丼(皿)にタレを入れていたはず、と思って検索したがそれは見つからなかった。(追記:あとで自分が書いた記事を見つけたので下記に追加)そのこと自体は「当然のこと」なので誰も書かないのだ。むしろ、「この店はタレを最初からスープに入れている」という表記を何件か見つけた。いわゆる「高山式」などと呼ばれる「スープにタレを入れてしまう作り方」である。

「田丸」というお店は古いだけでなく、皿を器に使ったり、茹でキャベツを二郎より20年以上も前から使っていたり、タレを使い分けしていたり、なんともユニークなお店なのであった。

そして店頭に私の名前がまだ使われている。。。しかも「MAP P59」という文字まで。これは2005年に発売された「東京1週間」(講談社)の記事で「私がこれまで一番たくさん食べたお店」に対して「個人賞」をあげたのだ。少なめに言っても100回以上食べている。今でこそ、コレクターなので同じ店にはなかなか行かないが、インターネットが登場する前は他に行くにも情報がなかったので会社帰りに頻繁に食べていたのであった。
そしてその記事掲載の際に地図が別ページに掲載されていたので「MAP P59」と書いてあったのだが、ポスターを発注する方は雑誌の切り抜きをそのまま渡したのだろう。作る方も言われたとおりに作ったのだと思う。目黒権之助坂を通る際には店頭のポスターもご覧ください。

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15年ほど前に書いた記事を引用。
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私が目黒で働くことになってから22年。今でこそ、ラーメン激戦区などと紹介されることもあるようにラーメン店は随分増えた。しかし、当時、目黒界隈にラーメン店はほとんどなかった。「田丸」くらいしか無かったのである。だから仕事帰りによく食べた。一時期、学芸大学に移転したが、そっちでも食べた。嬉しいことにまた目黒に戻ってきて、随分と世話になっている。

そんな懐古趣味を話すつもりで「田丸」を取り上げたわけではない。創業60年近く経つこの店は、新店に押されて、それほどマスコミには紹介されなくなった。しかし、実は平日でも行列ができることのある人気店なのである。

人気メニューはチャーシューメン。洋食器のような変わった丼で出てくるので、かつてマスコミでよく紹介されたのがこのメニュー。日本全国のラーメンを食べ歩いた私だが、この丼は極めて珍しい。ただし、珍しいだけで店は60年も続かない。リピートする魅力があるからこそ、継続するのである。

とろけるような柔らかいチャーシューが一つのトレンドとなって久しい。しかしここでは、そうした時代に迎合することなく、しっかり噛み締めることができるチャーシューを使う。これこそが「田丸」の真骨頂。ただし、たまーに固すぎることもあるのでその時はご容赦を。
 
器の関係からか、スープも少なめ。もう一つの店の特徴である茹でキャベツもたっぷり。「ラーメンを食いに来たのになんかイメージ違うな?」と思う人もいるかもしれない。でもこれぞ「田丸」なのだ。
 
ここにはラーメンの常識を覆すもう一つの特徴がある。ラーメンやチャーシューメンにタレを入れないのだ。ホーロー鍋(そういやここには寸胴もない)に入ったダシに醤油ダレがすでに入っているのである。ただし、大盛りやワンタンメンはスープが薄くなるから、とタレを丼に追加する。いやはやなんともユニークな店である。

お店データ

らーめん 田丸

東京都目黒区下目黒1-5-20(目黒)

古くから目黒でおばあちゃん姉妹がやっていて、その後学芸大学へ移転。その後また目黒に復活。カレー皿?で食べるチャーシューメンはおそらくここだけだろう。脂身のないチャーシューがうまい。煮キャベツが特徴。

大崎裕史

(株)ラーメンデータバンク取締役会長。日本ラーメン協会発起人の一人。東京ラーメンショー実行委員長。1959年、ラーメンの地、会津生まれ。広告代理店勤務時代の1995年にラーメン情報サイト「東京のラーメン屋さん」を開設。2005年に株式会社ラーメンデータバンクを設立。2011年に取締役会長に就任。「自称日本一ラーメンを食べた男」(2019年4月末現在約12,500軒、約25,500杯実食)として雑誌やテレビに多数出演。著書に「無敵のラーメン論」(講談社新書)「日本ラーメン秘史」(日本経済新聞出版社)がある。