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2025年10月3日の大崎裕史の今日の一杯

東京都港区六本木

特製味噌一三五(1300円)

3年半ぶりの「天鳳」。初めて食べたのは40年くらい前だと思う。創業が1984年12月なので、オープンして間もない頃から食べていることになる。六本木・西麻布で飲んだくれた後は、ここや「大八」「香妃園」「赤のれん」「ザボン」などでよく食べた。最近は、そういう“飲んだ後”のラーメンは控えている(つもり)。実は、昨日前を通って“旭川ラーメン”を謳っていてビックリし、その後、情報を集めていたらいろんなことがわかってきて、22時半に食事の後に突撃したのだが営業時間終了。最近は22時に閉店なのね。“深夜の天鳳”ができなくなってしまったのか。残念。

いくつか確認したいことがあったので予定を変更して食べてきました。
・昔、道路に置いてあった“ドラムカン”はどこ行った?
→奥にありましたが、もう使いそうにない感じ。

・製麺会社が変わったという噂
→創業時から比較的最近まで西山製麺でしたが、小林製麺でした。「随分前に変えたんですけどね」とのこと。

・味噌味の「一三五」ができた
・メニューに特製ができた
・券売機を導入
→この三つまとめて券売機で解決。味噌の一三五を特製で購入。(1300円)
次回以降、また来ることがあったら醤油の一三五を頼むと思います。
(一三五とは、味濃いめ、油多め、麺硬めなどの符丁)

●歴史や拝啓などのまとめ。
元々創業者は旭川の「特一番」(創業1950年の老舗)で修業しており、暖簾分けで「味特」を開業。その後1974年、札幌ラーメン横丁に「天鳳」を開店し、そこを親族に譲って六本木に出店という流れ。さらには六本木も後進に任せ、大塚に「天鳳」を出したのが最後。六本木の店主はその息子さんで六本木の二代目(通称白髪オヤジ)。
ここまでは私もわかっていたが、さらにネットをくまなく調べてみたら、ついに発見。『二代目店主は2023年に引退。その時、飲食の運営会社に丸ごと売却』とのこと。今日、店を仕切っていたのは若い人。厨房内は外国の方、3人。
そうか、経営が変わっていたのか・・・・。
そしてこんな情報も。
『創業者が亡くなった後、息子さん達が引き継ぎ、兄が「天鳳」を、弟が「天虎」を経営しています。』と出てきます。さらに『札幌の店は常連客が順番にラーメン店を切り盛りしています』とな。本当か?(^^;
兄弟と一緒に活躍していた佐藤さんは大森や自由が丘に「麺矢龍王」を出したが、佐藤さんが抜けた後、味が落ち、閉店。

お店データ

天鳳

天鳳

東京都港区六本木7-8-5 ロック&ロックビル1F(六本木)

このお店の他の一杯

大崎裕史
大崎裕史

(株)ラーメンデータバンク取締役会長。日本ラーメン協会発起人の一人。東京ラーメンフェスタ実行委員長。1959年、ラーメンの地、会津生まれ。広告代理店勤務時代の1995年にラーメン情報サイト「東京のラーメン屋さん」を開設。2005年に株式会社ラーメンデータバンクを設立。2011年に取締役会長に就任。「自称日本一ラーメンを食べた男」(2024年6月末現在約14,000軒、約29,000杯実食)として雑誌やテレビに多数出演。著書に「無敵のラーメン論」(講談社新書)「日本ラーメン秘史」(日本経済新聞出版社)がある。