9年ぶりに宮崎に行くにあたり、ラーメン本やネットで候補店のリストアップをしていた。すると「東京の人気店「しば田」出身!」という文字が目に入った。「んん!?」知らなかったので、かなり驚いた。
そう、「しば田」(仙川時代に修業、お店はその後、狛江に移転)の後、京都に「煮干そば藍」をオープンし、ミシュランガイドに5年連続掲載された行列人気店の創業者である。何か理由があってラーメンを辞めたもんだとばかり思っていたので、宮崎で復活していたのでビックリした。しかし、店の場所は綾町という小さな町(人口七千人弱)で宮崎市内から車で40分かかる。NAVITIMEで調べるとバスならなんとか行けそうだ。でも遠い。今回、行っておくべきかどうか、迷っていたら車を出していただけることになり、それなら優先的に行こう、となった。
土曜日でもあり、なかなかの繁盛ぶり。厨房が奥にあり、たまにしか出てこないので聞きたいことも聞けない。食べ終えて、挨拶してあとで電話で聞くことにした。その挨拶時に「座りにくい椅子以来ですね」と。京都のお店に行った時にかなり座りにくい椅子だったので味のことより、椅子のことを話してしまったのだ(笑)。私は忘れていたのだが店主は覚えていた。
メニューは煮干しのあっさり、こってりと煮干しまぜそば、煮干つけそば、と煮干しのラインナップに続き、意外なメニューも発見。「YEAH系RAMEN」(白飯付き1000円)だ。宮崎市内には結構家系ラーメンが多い。あとで聞いたら「こういうはっきりした味のラーメンが好まれるので出してます」とのこと。本意ではないようだが需要に応えたメニューのようだ。
さて、何を食べるべきか迷ったが基本の煮干しあっさりを注文。綺麗なスープだが煮干しの旨味がぎっしり。麺は京都時代と同様に「麺屋棣鄂」から取り寄せている。細めの全粒粉入り。今回、宮崎で7軒8杯食べたがそのうちの3軒が麺屋棣鄂製。そして候補にあげたが定休日の関係で諦めた1軒も棣鄂製。そんなに高確率で出会うとは驚きだった。
煮干しラーメンはまったく同じではないが京都時代と同系統。素晴らしくおいしかった。
帰京してから簡単な電話取材をさせていただいた。味やラーメンに付いてと言うよりは生き様というか、これまでの人生についての話が多かった(笑)。まず出身は東京。京都や宮崎には縁もゆかりもない。バックパッカーとして世界を回っていて、バイトで入ったラーメン店で柴田さんと出会う。今は閉店してしまったラーメン店だったが本人は途中で辞め、また世界を回り始める。後に柴田さんが独立。人が足りないので手伝ってくれないかと電話が来て手伝うことに。そして独立。場所は旅をしていて気に入っていた京都に出店。私が行ったのは割と早い時期(開店して2週間後)だったので行列は無かったがその後、5年連続でミシュランに掲載され、行列人気店となった。その人気になりすぎたことが本人の希望しているライフスタイルと違い、だんだんストレスが溜まり、後輩に任すことが多くなり、最終的には抜けてしまった。そして今度は宮崎である。しかも小さな綾町。こちらも縁もゆかりも無い(笑)。聞くと「この町は水がおいしいし、有機野菜も採れる。町自体がそういう町なんです。」という返答。調べてみると確かにそう。『昭和63年に「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定』とある。こだわりの無化調ラーメンをやるのに相応しい町だと思ったとのこと。凄い人生だな〜。ちょっと長くなりましたが彼のユニークな人生も紹介したくて。宮崎のラーメン食べ歩きをする際にはちょっと遠いですが、ぜひ足を運んで欲しい一軒です。かといって行列になるとまた嫌気がさすんでしょうけど。(^^;
















