コメント
インパクトが絶大ですね。
ラーメンも捨てがたいですが、
先ずはつけ麺から攻めたいです(^^)
YMK | 2016年7月15日 10:25◆YMKさん
コメントありがとうございます。
町田でもこの麺はおススメです。
KM | 2016年7月15日 15:32>例えば70点だと、自分の評価は高くなり、30点自分がもらえる。
コレはうなずかされますね~。以降の話も。
蔦のラーメンと自分の好きな平均点低い店と20点差は絶対ないですわ(笑)
自分はKMさんより大分後発で、最近そんなにラーメン食ってないですが、ここ1,2年でもRDBで感想文が増えてるのは感じますね。
「レビュー=評論、批評」って自分も偉そうに言えないですが、投稿を見ても味がわからないものが多くて行く際の参考にならないことがあるのは微妙です。
最近ランキング1位のヒトとか行くときの参考に一切ならなくて笑えますよ(笑)
食べログよりは間違いなくマシですけどね~。
no | 2016年7月16日 17:17◆noさん
コメントありがとうございます。
やはり同じようなことを感じられてましたね。
それが聞けてうれしいです。
RDBに参加してから、その採点方式には山ほど言いたいことがあったのですが、全部辛辣だったので止めてました。
最近少し見方も大人になったので、今回少し書いてみました。
やはり自分に評論する資格や能力があるのかの、謙虚な気持ちからみなさんスタートしてほしいのです。
自分でそれ以上のラーメンを作れるのなら、どうか自分でラーメン屋をやってください、と言いたいです。
人が人生をかけたラーメンに対して、それなりの敬意を表して書いてほしいです。
お客様は覆面調査員であり、神様であるといった意識はあまりにも子供です。
最後のサイトに関しては、この前南林間の柳華のところで分析しましたが、まああんなものでしょう。
RDB立ち上げ当初の凄さは、いまや完全に失われてしまいそうです。
個人的にはもっともっと文学的なものがあってもいい気がします。
>投稿を見ても味がわからないものが多くて行く際の参考にならないことがあるのは・・・・最近ランキング1位のヒトとか行くときの参考に一切ならなくて笑えますよ(笑)
言いにくいですが、同感です、寄せられるコメントもみないいね!『いいね!』方式で味わいがない。
私の昔の投稿に対する、例えばEストさんのコメントなんかは、しびれるような出来栄えです。
とっくに止めてしまったあまのまどい氏なんかが懐かしいです。
今度またゆっくりお会いしましょう。
町田ならいつでもOKです。
KM | 2016年7月16日 18:44
KM
RAMENOID
ryu3星人

この理先輩
りるは





◆やはりこの麺だな(町田の店シリーズ)
今日は久しぶりにりう氏と町田でラーメンを食うことにした。
氏の希望で、この店のつけ麺。
つけ麺:http://photozou.jp/photo/photo_only/286324/238719745?size=850#content
http://photozou.jp/photo/photo_only/286324/238719749?size=850#content
最近は頼まなくても、いつものやつになってしまった。
汁を、少し醤油味を強めにしてある。
豚骨系はどうしても乳化油のせいで、キレが悪くなる。
これにドブ漬けしても効果はない。
それより、味を濃いめにして、少し漬けるのである。
その方が、麺も美味く、汁も美味い。
何となくメンマが大量に入っているようで、大変ありがたい。
この店は、行きつけに店になってしまった。
一方りう氏はというと、メンマつけ麺。
大量のメンマと太さに驚かれた様子。
この麺の特徴は全粒粉ではなく、めったにない地粉である。
http://photozou.jp/photo/photo_only/286324/238719752?size=850#content
そのあたりを注目する氏は、さすがに武蔵野うどんにも詳しい。
今度は一緒に武蔵野うどんを食いに行きたいものである。
誘ってね。
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おまけ:
ただ単にラーメンの評価ではあるが、そこには考えさせられるものが含まれている。
冷静にグルメ投稿サイトを分析してみると、どのような基準で採点しているのだろうか、という疑問が沸いてくる。
例えばカテゴリーの軸。
醤油、塩、味噌などごとに評価軸を替えないといけない。
他の食べ物との軸も変えないと同じことだ。そうしないと単なるジャンルの好き嫌いになってしまう。
そして、100点満点や星の数に対して、どのようにして点数を決めているのだろうか。
おそらく、偏差値的正規分布迷信に従う成績評価システム、同じく正規分布神話にドブ漬けの、企業の業績評価の採点方式。
学校教育からの採点方法への歪が現れている気がするのだ。
正規分布はあまりにも古い統計学の知識なのだ。
一見理論的な方法と見えるのは:
色々な味を決定する変量(要素)毎に点数を決めて行き合計する方法である。客観的だとも見られているが、これも同様に神話の一種だ。
味の官能評価に近いことを仕事として係わってきたことがあるが、もっと統計学的であり、もっともっとプロの世界である。
統計学的には多変量解析などを使うのであるが、素人には無理だろう。
素人が単純に真似しても、所詮すべての項目が客観的ではないので、エイヤーと点数を決めるのと大差ないのだ。
そこで素人は『エイヤー方式』でいいのではないかと思う。
その場合、客観的なふりをするのではなく、人には分かり得ないような要素も入れたほうが面白い。例えば誰が食べても美味いような味ではなく、分かり難い要素を大事にすることも必要だ。
味とは客観的なものではなく、自分の生き方・ファッション・芸術に近いものであるはずだ。
実はほとんどの人が『エイヤー方式』なのだが、その基準は結構いいかげんであることを認識しないといけない。
なんといってもまず考えなければならないのは、『自分に、他人が人生をかけてきたものに対して、評価する能力や資格があるのだろうか?』という謙虚な疑問をもつと言うことであろう。
今日はひねくれて見た時の、現実の基準について:
まずは、ラーメン←→自分軸。
愛するのはラーメンか、自分の評価能力か、と言った一次元の軸。
例えば70点だと、自分の評価は高くなり、30点自分がもらえる。
日本の99%の評価点はこの軸の点数に過ぎない。
ある意味では自分の評価の裏返しなのだ。
人間はこれから逃れることができない。
もう一つ重要なのは、最近のSNS文化。
『いいね!文化』とでもいうのだろうか。
極端な同調文化で、人の目を意識する。いいね!とアクセスの数を競う。
グルメ投稿サイトの採点に最も影響を与える主要因は、最近ではどうもこれで、圧倒的に『空気読んでの決断』である。
他人の付けた点数を意識し、ほぼ似通っていることに安住する場所を求め、そして、いいね!するのである。
もっと自分しか書けない、独断的な内容を競った方が、いい気がするとすると思うのは私だけかもしれない。
他人に好かれる必要などないのだ。
事実、立ち上がり当初のRDBはそのような面白い投稿が多かったのである。
そして、最近とみに偏屈、反骨精神といったものを見かけなくなった気がする。
孤高の人として生きるような、勇気・信念・知性を忘れてほしくない。
実はそういう人が、人間の歴史を創ってきたのである。
多数決決定方式は、歴史的にはすべて間違ってきた。その結果が現在の世界である。