コメント
どもです。
確かにJRのガード下が軒並み立ち退きいて寂しくなりました。
近場に移転なら良いですが、ノス系の経営者は高齢で辞めちゃう
店が多いです(^^;
閉店しなかったのはラッキーでしたね!
ラーするガッチャマン(通院中) | 2017年10月1日 17:18ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さん、こんにちは。
こちら、移転前に一度行ったことがあります。
そのときには、それほど高い評価ではなかったのですが、
今なら別の評価になりそうな気がします。
東京駅付近での出張や勉強会といった機会があれば立ち寄ってみて、
以前との比較をしてみたいところです。
ぬこ@横浜 | 2017年10月1日 18:01良いですねー、今回は特に。そんな思いでラーメンがあったなんて。
そして時は過ぎて、多少姿は変わってても、続いているのが嬉しいですね。
私の生まれ京都の古いラーメン事情は、もう語れないほど忘れてしまいましたが、
屋台ラーメンがまだうようよしていたのは覚えてます。そこで人気が出た屋台から、徐々に店を構えていくと言う流れが、確かにありました。
ところで今日は天一(10月1日)で天下一品の日だそうですね。
天下一品もそうやってのし上がってきたらしいのですが、私は店を構え始めた頃合いの憧憬。
そんな発展系でなくとも、昭和を生き抜いた店が続いているのが嬉しいですね!
とまそん@ラーメン食べて詠います | 2017年10月1日 18:01こんばんは~。
My箸サービスはまだ健在なのかな~。。
ほぼ毎日この辺り、歩いてますので移転後にも行こうと思って
そのまま時が過ぎてましたw
久々に覗いてみようと思います。
プリティ | 2017年10月1日 18:40こんばんは。
これは感慨深い再会になりましたね。
こちら、
モコさんから教えて頂いています。
元都庁があった有楽町フォーラムに、
勉強会で定期的に行くのですが、
こちらの定休日の週末なので、
タイミングが合いません。
おゆ | 2017年10月1日 18:51こんばんわ。
味は、今風にチューンアップされているような感じがします。
ガード下と言っても東京一等地ですから…
そんな環境のノス系…
行ってみたいし、喰ってみたいです。
いたのーじ | 2017年10月1日 19:13こんばんは~
思い出のラーメン屋さんが存続していて良かったですね✨
ここは知らなかったので近くに行った際は立ち寄ってみたいと思います♪
銀あんどプー | 2017年10月1日 20:50おはようございます。
ノスタ系いいですね〜
耐震補強が終わり再開したんですね。
チャンスがあれば覗いてみたいです。
kamepi- | 2017年10月2日 06:48おはようございます(*^^*)
ぶるさん十八番の紀行エッセイですな。
時代の変遷と共にあり、今なお行列ができるお店が
想像出来そうですよ。
としくん | 2017年10月2日 08:20これは美味そうなラーメンですね〜
思い出のラーメン屋さんが復活したんですね。
30年前といえば、あの頃の桂花の太肉麺に
もう一度会いたい ^_^
NORTH | 2017年10月2日 08:51老舗のお店ですね。
貴重な存在感です!
YMK | 2017年10月2日 13:04こんにちは
こちらまた伺いたいお店ですが、週末やっていないので
ハードルが高いです。(^_^;)
mocopapa(S852) | 2017年10月6日 14:53
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華

なまえ

わか様






いつだったか正確には思い出せない。時代はまだ平成まで数年を要す頃。有楽町駅のガード下。居酒屋などが並ぶ、雑然とした空間。酔客の大声が響く、昭和四十年代、いや、もっと昔の雰囲気を色濃く残すディープな場所。およそ此処が日本有数の繁華街でありビジネス街であることなぞ信じられない。
昭和三十九年、東京~新大阪間で東海道新幹線が開業し、その高架下に店が集まり商店会になったという。所在地は丸の内三丁目ということでその名がついた丸三横丁。
そのラーメン屋は丸三横丁にあった。
そしてノス系のラーメンを喰おうと思って出かけたようとした昨年のこと、そのラーメン屋があった一角は立ち入りが出来なくなっているという。耐震に問題があったのだ。あちこちでガード下の耐震化の工事がされているが、有楽町駅もまた例外でない。
・・・時をさらに遡ろう。
上海から復員してきた先代はバラックで自転車業を営んでいたが、やがてオートバイ修理業を経て、ラーメン屋に転身した。昭和四十二年のこと。
近くには東京都庁がある。いや、さまざまなオフィスビルが連なる場所だ。客は順調について繁盛店になっていった。
そう、この「谷ラーメン」である。正直、入りづらい雰囲気で、入店を躊躇した。まだ、ボクは二十代の頃。飲んだ後で、確かチャーシューメンを喰った。親父さんはいい齢だったと思う。だから、ガード下の工事開始とともに、店は閉店した。
と思い込んでいた。
けれど。代が変わり、場所も少し東京駅側に寄った、けれどやっぱりガード下で、店は営業している、とつい先日知った。
ただ、この店は土日祝日が休業日。平日に行くしかないのだ。
幸い、十月一杯まで休日出勤が続く。ただし代わりに平日に仕事は休める。そして今日、金曜、ようやく、本当に、おそらく三十数年か振りくらいに、谷ラーメンで喰えた。
客の足を遠ざけるような雰囲気はもはや、ない。いや、ガード下で、晴れた日中でも十分に薄暗いから、躊躇う人もいるだろうが、少なくとも店の前まで来れば、外の券売機で食券を買えば自然と店の中に入れるんだ。
カウンターはまだ新しい。店内は明るい。それはそれで結構なことだが、かつての雰囲気を味わうことは難しくなった。
一番搾り。真夏はドライビールがいいのだが、朝晩はすっかり涼しく、日中だって湿度が低い。こういうときは一番搾り。
チャーシューメン。八百円也。見てくれは、まあ、チープだわな。しかし・・・
スープは、これは本当に豚骨のみのものなのか? 鶏とか煮干しは使ってないのか? 豚骨だけでもこんなにあっさり、それでいて十分と旨味が出ているスープだ。
麺はこんなにしっかりしたコシのあるものだったか? もっと細くて軟くて、子供の頃に良く喰ったようなものではなかったか?
チャーシューは、こんなに分厚かったか? 脂身が多くなかったか? このチャーシューは脂身がないではないか。
メンマはこれほど味が染みていたか? 水っぽいものではなかったか?
かつての記憶はこれほどいい加減なものになっていたのか?
これは、所謂「鶏ガラ煮干しのあっさりスープ、細麺、ナルトと青菜入りの東京ラーメン」ではない。ノス系と言えばそうかもしれないが、力強く、しかしあっさりと胃に収まってくれるラーメンだ。。
十一時四十分。二代目の店主と奥方。客は僅か四人。都庁はとうに西新宿に移り、有楽町の駅前はイトシアという高層ビルが建つ。それでも昭和四十年に開業した交通会館は健在だし、ガード下には幾つもの古いテナントが入っている。昭和の余韻はまだまだ残っている。
そして、高架下センター商店会まで足を運べば、うん、この一角は昭和四十年代がしっかり生きている。親父さん、これは失礼した。昔の記憶は出鱈目だ。旨かったよ。ご馳走様。
さすが有楽町。正午を回れば、付近のオフィスビルからかなりの人が吐き出される。無論、買い物客だって、平日ながらかなり多い。谷ラーメンも、いつの間にか満席になり、外で客が待っていた。
待っても喰うべきだ。まして、これほど気候が良いのだ。数分くらい待つのは、どうということはあるまい。
※先代、のくだりは「トーキョー ノスタルジック ラーメン」(山路力哉・編著、幹書房)から引用いたしました。