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「中華そば(870円)」@大貫 本店の写真謎めく淺草來々軒の物語 最終章 
明治の味を紡ぐ店 第五回 尼崎篇
 
 謎めいた淺草來々軒の物語。創業の地・浅草を離れた訳は、多分そういう理由 (浅草橋 大勝軒 などの、ボクのレヴューをご参照ください) ということが分かったが、さてスープのほうは・・・。大正半ば以降の淺草來々軒のスープは豚臭く脂っこい、というは本当だろうか? しかし、それでは説明がつかないことが幾つもあるのだ。

 断っておく。何度か書いたが、淺草來々軒のスープが豚臭く脂っこいと記録があるのは確かだが、それはあくまで”大正半ば以降”の話である。それ以前の記録は、ない。実は、これこそが謎解きの『キモ』である、とボクは考えている。

 だからボクの中では、來々軒のスープに関しても、謎解きは終わっている。それはこの店で食べればはっきりするのだ。いわば、謎めいた淺草來々軒の物語の、謎解きの最後のピースなのである。そして頂いた一杯は。

 見事に予想通りである。このスープの味は、千葉・穴川、東京・祐天寺など淺草來々軒直系の店とは質が全く違う。もちろん、飛騨高山などで食べた「和出汁」的なテイストでもない。と言うよりは、東京圏でこういうスープを出している店をボクは知らない。

 酸味がある、ということは他の方のレヴューを拝見して承知していた。豚骨がしっかり主張する濃いように見えるスープは、ことのほか軽く、まあライト豚骨的な味わいである。100年継ぎ足しているということだが、ま、それはおいておく。

 見た目があまり宜しくない。木耳は乾燥モノを戻したのだろうが、ビジュアル的にはまったく映えない。メンマもどうも水っぽい。

 麺は噛み応えのあるしっかりしたもの。この店の公式サイトを見れば分かるが、自家製かつ足踏みだというから、相当こだわりがあるのだろう。ただ、ボク的にはスープより、そして麺より、印象が強いのがチャーシューである。

 分厚くデカい、脂身の多いものが2枚半・・・デフォルトの中華そばが870円とはエライ強気なプライスと思いきや、こういうことか。ただ、これは正直持て余す。バラ肉をこんなに喰える年齢はとうに過ぎている。そしてこのチャーシューこそが、“古き良き、懐かしい、昭和の中華そば”のイメージを大きく損なうアイテムであることを、ボクは感じざるを得ないのである。少なくとも、都内で戦前より営業している店で、こうしたチャーシューを載せてラーメンを提供している店は、ボクが知る限り、ない。

 つまりは、この店の中華そばは、東京ラーメンと呼ばれるモノとはまったく繋がりがない。淺草來々軒とも味の繋がりはない、ということだ。だから、この店は淺草來々軒の、正統な後継店ではないのである。ボクは99%そうだろうと思っていたから、淺草來々軒の謎めいた物語の、謎解きパズル最後のピースは、まず「嵌まらない」と確信していた。

 断っておくが、決してネガティブに書くつもりはない。ただ単に、淺草來々軒とのつながりという点でのみ、書いておくことをお許しいただきたい。

 それはそうだ。この店の公式サイトでも、淺草來々軒と味の繋がりがあるとは一言も書いていないのだから。

 サイトから抜粋すれば、こういうことだ。

 1889(明治22)年、仙台で生まれた千坂長治氏は、「浅草『来々軒』の味が忘れられ」なかった。やがて22歳になった長治は神戸に移り、1912(大正元年)神戸外国人居留地で営業していた中華料理店・杏香楼から中国人料理人を招き、居留地にて『大貫』を創業した。

 淺草來々軒とのかかわりを示す記述はこの箇所だけである。長治が神戸に移った理由も、淺草來々軒でいつ支那そばを食べたのかなど、詳しいことは書いていない。しかし、創業して間もない淺草來々軒の味は、長治に強烈な印象を与えたのであろう。見知らぬ土地で商売をする不安などもあったろうが、それでもなお、淺草來々軒の味が忘れられず、自ら作り手側に回ったのだから。また、居留地での営業許可を得るのにも一苦労であったことも、公式サイトに書かれている。

 だからボクは、大貫は少なからず淺草來々軒の味を残しているのではないかと思った時期もあった。それを打ち消したのは「中華料理店・杏香楼から中国人を招き」云々というくだりである。この中国人は「周」氏というらしいが、周氏が淺草來々軒の影響を受けたという記述はない。また、杏香楼は1890年代に開業した広東料理店であったことは確認できているから、大貫創業に既に20年前後の営業経験を持つ店であった。そこの料理人を招いたということであれば、大貫の料理はおそらく杏香楼の“味”が色濃く反映されたものであったろう。仮に千坂長治氏が淺草來々軒の味を覚えていて、その味に近づけたいと考えていたとしても、人間の味の記憶はあやふやなものであるし、敢えて同じ居留地にて20年前後営業歴のある広東料理店から中国人を招いたということは、淺草來々軒の味の再現をしたいというよりは、営業的に成功することを優先したということではないか。つまり、ボクは、大貫は淺草來々軒の“味”の継承という意味では、ほとんど、あるいはまったく関連性はないと考えていた。そして此処で食べて、その考えに間違いはないと確信した。

 ところで、ネット上では、この大貫のことを「日本で最古の中華そば」なるフレーズが用いられていることも多い。しかしながら、店の公式サイトでは『一番古いか否かかは当店自体が把握していません。ですので当店が看板や名刺、その他の印刷物やメディアに「一番古い」と自ら発信した事は一度もありません。ですので事実確認が定かではございませんので誤解のない様』に、と記載されている。
 
 だれが最初に用いたのかは定かではないが、この言葉の意図するところは、「日本の現役店(現在営業中、の意)で、中華そばを提供している、最も古い歴史がある店の中華そば。ただし、あくまでいわゆる中華そば店・ラーメン店であって、中華料理店ではない」ということであろう。

 私のブログでも一覧を掲載させていただいているが(注)、日本の現役店で最古参はもちろん横浜中華街の聘珍楼である。創業は1884(明治17)年。次いで同じく中華街の萬珍樓で、1892(明治25)年の創業だ。

 聘珍楼には「中華そば」はないが、「生碼麺(サンマーメン)」「叉焼湯麺」などがメニューに載る。萬珍樓にはラーメンセットや生碼麺セットなどがある。
 また、横浜山手の一角には古い中華料理店が並ぶが、店の規模はさほど大きくなく、東京の町中にあるいわゆる町中華とさほど変わらない。だから1908(明治41、一説には1912)年創業の華香亭本店では、ラーメンやワンタンメンがある。
 
 都内ではどうだろうか? 現役で最古参の部類、維新號銀座本店のメニューをみれば叉焼雲吞麺、鶏絲湯麺といった汁そばが提供されているし、神田の揚子江菜館にしても、鶏絲湯麺、広東湯麺があり、駿河台の漢陽楼でも広東麺や鶏絲湯麺は提供しているのだ。
 
 「日本で最古の中華そば」とは、これらの店があくまで「中華・中国料理店」であって、大貫は屋台引きから始まった、純粋な「“町場”(これは強調すべきか)の中華料理店」という意からすれば「最古の中華そば」ということなのかもしれないが、ボクにはまったく説得力を感じない。


 さて。これで謎解きパズルの最後のピースは、やはり嵌まらなかった。となれば、淺草來々軒の、創業当時の味の正統な後継店があるとすれば、アノ店しかないだろう。

 しかし、その前に。

 飛騨高山で提供される「和出汁」的な中華そばのスープは一体どこがルーツなのだろう? 伝承料理研究家の奥村彪生氏は、『(淺草來々軒の)支那そばのスープは鶏や豚の骨からとり、醤油味をつけ、そばだしに似て』いたと書いた。さらに飛騨高山のいくつかの店のスープはそばだしそのもの』で、『このそばだし系のスープは東京の支那そばがルーツなのです』と書いている。しかし一方、大正半ばの淺草來々軒のスープは豚臭く、脂っこい、と複数の記録があるのだ。

 淺草來々軒の最大の謎、スープの味。どうやらその謎解きのヒントはやっぱり飛騨高山にありそうだ。

 ということで、次回はまた飛騨高山に行くとする。

 ただし、ちょっと脇道に2回ほど逸れる・・・



(注)私のブログでノス系ラーメンを紹介 創業年次別。
 https://blog.goo.ne.jp/buruburuburuma/e/ea80328da5637419ffc3a09667009348

投稿(更新) | コメント (10) | このお店へのレビュー: 1件

コメント

さすが!ここを押さえに来られるとは!
あれだけ関西転勤中に食い漁っておきながら
ここ未食のまま東京に戻ってしまいまして、今激しく羨ましく思っているところです。
最古参論争参考にさせてもらいました!。

どもです。
浅草來々軒とはこの豚バラを見た時点で
違和感アリアリでした😅
追い甲斐が有って楽しそうですよ👍

ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さん、こんばんは。

>杏香楼
神戸にあった杏香楼は広東料理の店なので上湯のような澄んだスープを使っていたと推測しています。なので杏香楼の影響をどれだけ受けたのかは微妙な気もしています。
その上湯が「鍋がゴトゴトと揺らされ自然と白湯(ぱいたんスープ*白く濁ったスープの事)スープになった」という逸話[*1]は、物語的には面白いですが。

バラ肉チャーシューの件で思い出したのですが、中国料理の焼肉(いわゆる叉焼)ではなく、
醤肉(いわゆる煮豚)がどういう過程を経て日本のラーメンの具の主役となったのか、
そこを追うのも面白いテーマかもしれません。

[*1] http://www.daikan-honten.com/index.php

ぬこ@横浜 | 2021年7月18日 19:37

創業109年ですか🤔
そしてまた飛騨高山へ。

NORTH | 2021年7月18日 20:00

こんばんは
深いですね。
中華料理屋さんから支那そばが抜けた瞬間なんて分からないですからね。
飛騨高山。少しの滞在でしたが記憶に強めに残ってます。

あらチャン(おにぎり兄) | 2021年7月18日 21:25

こんばんはぁ~♪
もうどうにもこの後が知りたくてウズウズしています。
どこかで飛騨高山に行かなくてはいけませんね。
コロナが明けたら(*^-^*)

mocopapa | 2021年7月18日 23:05

こんにちは。
無関係であることの裏をとりに行ったんですね。
飛騨高山で最後の謎がとけるのでしょうか。
楽しみです。

kamepi- | 2021年7月19日 07:08

おはようございます😃

あら?昨日から少し変わりました?
尼崎でもハマりませんでしたか。
そのピースのヒントを求めて 2度目の高山⁉️
凄いなあ。
大作まだまだ続きそうですね。

としくん | 2021年7月19日 07:23

こんにちは。
1世紀を超える老舗が無関係との裏が取れましたね。
そして、2度目の高山とは!楽しみにしています。

おゆ | 2021年7月19日 13:05

スープの色合いから
味噌?と思いましたが違いましたね。

尼崎でも堪能されましたねぇ~

後2回脇道それるとの事ですが、飛騨高山レポも楽しみにしております(^^)

YMK | 2021年7月20日 08:25