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2022年11月8日の大崎裕史の今日の一杯

神奈川県横浜市港北区新横浜

極上煮干しラーメン(醤油味) 900円

「東京ラーメンフェスタ」に11日間詰めており、しかも3年ぶりということもあって大盛況で忙しく、私の分の「今日の一杯」投稿ができませんでした。その分のネタは溜めておいたんですが、なにぶん疲れすぎて・・・。
そしてイベント終了後、最初の投稿がこちら。10時半にラ博について、PP(ポールポジション:先頭)。しかしオープンしてからはなだれ込むように店に向かい、私は勝手に「八っちゃんラーメン」の場所にオープンするもんだと思ってそこに行ったら何も無し。ぐるっと回って「勝丸」に辿り着く頃には十数人待ち。それにしても最近のラ博には活気が戻ってきましたね。開店時間には4-50人の並び。平日なのにスゴいなぁ〜。
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ラ博ではこれまでの28年間に出店したお店に再度出店していただくという『あの銘店をもう一度』という企画をスタートさせている。そして今度は並行して『あの銘店をもう一度“94年組”』というのが11月7日から始まった。“94年組”というのはラ博1994年創業当時のメンバー、8店舗のことである。これまでの企画は3週間のリレー形式だったが“94年組”は3カ月のリレーになる。その第一弾が「支那そば 勝丸」である。

「勝丸」の創業は1972年、屋台から始まった。店舗を構えたのは1984年のこと。1991年になると目黒に移転。その当時、目黒の会社で働いていた私にとって会社から一番近い「有名ラーメン店」になった。もちろん何度も食べに行った。ラ博がオープンし、何度目かに行った時に「勝丸」でも食べた。会社から徒歩2-3分で食べに行けるところにあるのにわざわざ新横浜まで行って食べたのだ。経験というのは大事なのだ(笑)。

「勝丸」店主の後藤勝彦さんは青森県出身。当時は、青森に煮干しラーメンの文化があることなど、まったく知らなかったし、世の中でも知られてなかった。今は、青森のラーメンが全国の「煮干しラーメン」に大きな影響を与えていると言っても過言ではない。ラ博もそんな時代の先読みをしていたのかどうかわからないが、「勝丸」に目を付けたのは今となっては実に素晴らしいことだ。
最近の「勝丸」には創業者の後藤さんが戻って来て自ら厨房に立っていた。今年80歳を迎えるのにまだバリバリの現役だ。やや苦戦していてメニューも増やしていた。なりふり構わず「全国ラーメン紀行」と名付けて熊本や新潟のご当地ラーメンも提供していた。さすずめ「一人ラーメン博物館」である。器用なのだろう、狭い厨房ながらいろんなメニューを創り出していた。

外出する際に店の前を通ることもあるので掃除中の後藤さんに会うことも少なくなかった。そんなある日、「ちょっと相談したいことがある」と言われ、後日、時間を決めて会いに行った。後継者問題で悩んでいた。いろいろ話を聞いているうちに「そういえば、いろんなラーメンを作っていますがレシピはあるんですか?」と聞くと「レシピ?そんなもの、うちには無いよ!食材だって日々変わるんだから決まった作り方じゃなくて味を見て変えていかなきゃ!」と豪快である。レシピなしで50年もやってきたのか!(笑)

『あの銘店をもう一度“94年組”』のコンセプトは“1994年当時の味”である。後藤さんの頭の中にあるレシピのデータベースから引っ張り出してくるのだろう。もちろんわざわざ新横浜まで行って、“あの頃”の「勝丸」を食べてきた。ラードを張った熱々のスープに独特の縮れ麺。タイムスリップみたいでこれもまた楽しかった。

お店データ

支那そば 勝丸 新横浜ラーメン博物館

支那そば 勝丸 新横浜ラーメン博物館

神奈川県横浜市港北区新横浜2-14-21(新横浜)

このお店の他の一杯

    大崎裕史
    大崎裕史

    (株)ラーメンデータバンク取締役会長。日本ラーメン協会発起人の一人。東京ラーメンフェスタ実行委員長。1959年、ラーメンの地、会津生まれ。広告代理店勤務時代の1995年にラーメン情報サイト「東京のラーメン屋さん」を開設。2005年に株式会社ラーメンデータバンクを設立。2011年に取締役会長に就任。「自称日本一ラーメンを食べた男」(2024年6月末現在約14,000軒、約29,000杯実食)として雑誌やテレビに多数出演。著書に「無敵のラーメン論」(講談社新書)「日本ラーメン秘史」(日本経済新聞出版社)がある。