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2021年10月14日の大崎裕史の今日の一杯

東京都渋谷区神泉

のり玉海老ワンタンめん+半餃子

『今居る処が最後の砦。そしてすべての始まりなんだ。がんばろうぜ』(By河原成美:一風堂創業者)

2001年10月11日にオープンした「麺の坊 砦」(神泉)が20周年を迎えた。ラーメン業界では創業から10年経過して残る店は10%、20年で3%と言われている。そんな「3%」の一店になったのだ。過去に私が「麺の坊 砦」について書いたものが無いか、探してみたら二つ出てきた。長くなるが引用する。まずは「開店当時」の記事。
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『「一風堂」13年の経験を活かし、満を持して独立。「麺の坊 砦」注目の新店誕生』

開店日の花輪の数と送り主の名前などを見るとこの店の注目度と期待度がわかる。また店主の人脈の広さと人徳がこういうところに現れている。

元々ラーメン好きだった店主が九州へラーメンの食べ歩きに出かけたときに、まだ一店舗しかなかった「一風堂」に惚れ込み、その場で弟子入りさせてもらったというエピソードがある。そこからの店主及び「一風堂」の活躍には目を見張るものがあった。1994年3月、新横浜ラーメン博物館誕生と同時に出店。そこの店長を任され、2001年6月の卒業まで館内でもずっとトップを争う人気店に育て上げた。

満を持して独立。
自分らしい「おいしいラーメン作り」へ船を出したのである。

さて、開店してまだ間もないが「麺の坊 砦」の特徴をいくつか。
・とんこつスープだが「一風堂」とは違う。(似てはいるが)
・豚臭くないけど、かなり煮込んだ豚骨スープ。
・細麺だけでなく太麺もある。(太麺といっても久留米より細いくらいのもの。)太麺で頼んで替え玉で細麺にするのもいい。
・味玉は半熟。トッピングとしてではなく、のりとセットのいちメニューとして存在。
・米は店主(中坪さん)の生まれ故郷、富山のいい米を使っている。
・おにぎりには、明太マヨが付き、女性には受けそう。
・トイレは広くてきれい。覗いてみる価値あり。
・店内は今風でもなく年代風でもなく、でもおしゃれ。
・店内や看板には、“博多”や“九州”の文字はない。
・爪楊枝がビックリ。使わない人も一度はもらって帰りましょう。
・壁には河原さん(一風堂社長)の書き文字と宇都宮さん(雷文の女将さん)の書き文字の競宴。
・スープ室は別にあるけど、客席から見える。
・麺茹でには、釜を使用。(深ザル)
・水は浄水器使用。
・おしぼりが出る。
・器が綺麗。
・たくさんの若いスタッフが居て、活気がある。
・アルコール類が数種類。「くつろいでください」という店主の気持ちの表れ。

新世紀らしいラーメン店の誕生といえる。
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そして次に2015年10月8日、限定ラーメンを食べたときの感想。
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一風堂出身で河原さん(創業者で現会長)が認めているのは「麺の坊 砦」の中坪さんと「ソラノイロ」の宮崎さん。豚骨ベースの店で10年以上働いて独立後、中坪さんは同じ豚骨で勝負に出、宮崎さんは「あえての非豚骨」。対照的だが性格がよく出ている感じがする。

中坪さんは「あえてDNAを受け継ぎ」、豚骨を選んだんじゃないかと思う。
宮崎さんは「しばらくは豚骨をあえて封印」したように思える。きっと4軒目か5軒目あたりで豚骨専門店を出すに違いない。

そして中坪さんは富山の出身だし、醤油ラーメンには格別の思いがあると思う。そんな中坪さんの「砦」も早いもので満14年。それを記念して『「15年目の醤油」らぁめん』850円を発売中。

過去に何度か非豚骨のラーメンを出したことがあり、それはそれはおいしいラーメンであった。「俺だって豚骨じゃないラーメンを作れる!」という強い意志すら感じるラーメンであった。

そして「15年目の醤油」らぁめん。河原さんから「10年で1人前、20年で本物!」と言われている中坪さん。一人前と本物の折り返し地点。「 」の使い方も含めて、気合いの入り方が違う一杯。

豚骨、鶏ガラを弱火でじっくり炊き、魚介の旨味を合わせたスープは清湯だが旨味が溢れる強さを持っている。タレは4種類の醤油を使用しているとか。トッピングは豚バラロールチャーシューと穂先メンマ、九条ネギ、海苔。麺は全粒粉入りの細平麺。

「砦は醤油ラーメンもうまい!」そう思わせる仕上がり。故郷・富山へ出店する際は豚骨で行くんだろうか?醤油文化だから醤油でいくのだろうか?中坪さんは悩ましいと思うが食べる側は気楽に富山出店を待ち望んでいたい。
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近いのでいつでも行ける、という気持ちがあるゆえ、逆になかなか行けない。調べてみると、この日以来、6年ぶりかもしれない。店に近づいていくと、中坪さんが20周年記念グッズを配っていて、受け取った。その後に私だと気が付き驚かれた(笑)。
「ご無沙汰してしまってすみません」
「昨日は河原(一風堂創業者)も来てくれて。今日は少し落ち着きました。」
そんな会話を交わして席に着く。「砦」の素晴らしさはおいしいのはもちろんのこと、中坪さんが余程のことが無い限り、店に立ち、接客していること。今日も店頭でグッズを配っていたのである。20年目の店主がなかなかできることではない。
そして、コロナ禍なのでなかなかお客様との会話も難しいかもしれないがコミュニケーションを欠かさない。常に動き回っている。あるときは厨房に、あるときはホールに、そしてたまに店頭に。

いろんなメニューを食べてきたが、今回はトッピング無しで一番高い物を頼んでみよう。「のり玉海老ワンタンめん」1320円がそれだった。半餃子308円も付けた。
トッピングのどれも手抜き無しでお見事。チャーシューや味玉、ワンタンの主役級はもちろん、ネギやもやし、海苔にいたるまで脇役とは言わせない存在感がある。2006年12月から始まった自家製麺も秀逸、一風堂譲りの豚骨スープは今では「砦の豚骨スープ」になっている。

10周年記念誌に河原さんがこう言っている。
『砦のらぁめんには一風堂のエッセンスがいっぱい詰まっている。いつ食べても懐かしい気持ちになるね。店も味も進化し、変化していく中で、今もやがて訪れる未来も「おいしい」と感じる、懐かしくてやさしい味だよ』
そしてさらに10年経ったが「おいしくて懐かしくてやさしい味」だった。

中坪さんの力量を持ってすれば、5店舗くらい展開していてもおかしくない。しかし、支店はラー博出店時のみ。いろんな思いもあるだろう。いずれは故郷の富山に帰るかもしれないが、都内にも残しておいて欲しい。30周年時に私もまた食べてみたい。

20周年、おめでとうございます!

大崎裕史
大崎裕史

(株)ラーメンデータバンク取締役会長。日本ラーメン協会発起人の一人。東京ラーメンフェスタ実行委員長。1959年、ラーメンの地、会津生まれ。広告代理店勤務時代の1995年にラーメン情報サイト「東京のラーメン屋さん」を開設。2005年に株式会社ラーメンデータバンクを設立。2011年に取締役会長に就任。「自称日本一ラーメンを食べた男」(2024年6月末現在約14,000軒、約29,000杯実食)として雑誌やテレビに多数出演。著書に「無敵のラーメン論」(講談社新書)「日本ラーメン秘史」(日本経済新聞出版社)がある。