「あの銘店をもう一度"94年組"」第2弾は「野方ホープ」。
出店期間は、2023年3月2日(木)~7月17日(月)。早速、初日に行ってきました。
10時半着、ラ博入口前の4番目。10時55分頃、開門。1階階段前に並び、11時入場。すぐに「野方ホープ」に向かうも階段を降りる早さが違うので店頭6番目。(他の何人かは他の店に並んでるので、随分多くの人に抜かれた(笑)。開店前に並ぶ意味を考えてしまう。)
醤油とんこつ930円を購入。
これまで多くの「あの銘店をもう一度」参加店舗は同じ丼で提供していたがオリジナル丼になっていた。気合いの入り方が違う。今の「野方ホープ」はメニューも味も進化をしたが、今回は「94年当時の味」で提供。
出てきたラーメンは背脂たっぷりで懐かしい。現在、野方本店を除く各店舗では背脂を別で取り、ラーメンに入れているがラ博店では本店同様に、いわゆる“背脂チャッチャ方式”(背脂のブロックを平ザルで崩しながらラーメンに振りかける)で提供。その割には丼が綺麗だった。そしてスープが旨い!94年当時、こんなにおいしかっただろうか?(笑)
麺は中太のポクポクした感じの麺。これまたこんな感じだったかな〜?と思いながら食べるがこの麺もいい。
初日だからか、あるいは今後もなのか、背脂がフレッシュで実においしい。この手のスープでは珍しく完飲。いや〜おいしかった。これは早々に会社近くの「野方ホープ」で食べ比べせねば。
==開店前の思い出の投稿より===
「野方ホープ」の創業は1988年。ラー博が交渉したのが1992年4月らしいので、まだオープン4年目のお店を選んだことになる。全店舗の中で一番新しいお店ではなかったか。
90年代のラーメン本を見ると「行列ができるまでに4年かかった」と書いてあるので、行列店になって間もないお店に交渉したということだ。
「すみれ」や「一風堂」を発掘し、全国レベルの人気店になったきっかけを作ったラー博であるが、この「野方ホープ」を選んだことも凄い。当時はまだ1店舗だったと思うが、今ではグループ10店舗である。もちろんラー博出店をきっかけに成長していったところも大きいとは思うが、これもまた館長及びスタッフの先見の明と言っていいだろう。
私はと言えば、「環七ラーメン戦争」の真っ只中にいて、もちろんその頃に本店で食べている。黄色ベースに赤い文字が印象に残っている。
当時は情報も少なく、「○○(←地名が入る)ホープ軒」の関係なのかと単純に思っていた。
ラー博に出た頃か、その前だったか、店頭にも「他のお店とは一切関係ありません。」という貼り紙が出されていた。90年代のラーメン本にもそう書かれてある。そして「新東京ラーメン」という紹介のされ方もしていた。これは長い間、荻窪や銀座の人気ラーメン店は清湯醤油のラーメンが多く、それらを称して「東京ラーメン」という呼ばれ方をしていたため、「野方ホープ」のような「醤油とんこつ」タイプが東京では新しいポジションを掴み始めていたのだ。
それらは背脂チャッチャ系と呼ばれたり、東京とんこつラーメンと呼ばれたりしていた。全国的に見て、背脂を使ったラーメンはあちこちにあるが豚骨ベースに背脂をたっぷり使ったラーメンは確かに東京スタイルと言ってもよかった。「野方ホープ」はその一翼を担っていたのである。
また私は基本的に同じ店にはあまり行かないコレクターであるが、「野方ホープ」は何かと縁がある店である。移転前の原宿店(2号店)は駅から遠いのだが近くに取引先があり、その商談後などによく食べていた。ラーメンの聖地・荻窪店(3号店)ではついでと言っては失礼だが荻窪に行く機会が多く、その際に何度も食べている。そしてまさかの目黒店(4号店)。会社があり、私が住んでいる目黒にも出店してくれるとは驚きである。その後、比較的最近には中目黒(9号店)にも出店したのでこの両店はもう重宝させてもらった。特に目黒店は遅い時間によく食べたものだ。なので、メニューが変わったりしたタイミングでも食べているし、当時の全メニュー制覇もしている。銀座の別ブランド(創龍)も何度か食べている。代替わりすると苦戦することが少なくないのだが、こちらは順調に店舗展開や今風へのリニュアルが行えていると感じている。
そんな中での「あの銘店をもう一度"94年組"」第2弾、1994年当時の味での出店。これはもう懐かしむに限る。今でこそ、「老舗」と呼ばれるほどの歴史を積み重ねているが、当時は前記したように「若いお店」である。
そんな勢いを感じるラーメンを改めて堪能したい。出店期間は2023年3月2日(木)~7月17日(月)までの4カ月間半。「そんなにあるならそのうち」なんて言わないで。4カ月なんてアッという間、すぐに行かないと。(←と自分に言い聞かせている。)
















