元祖柴又らうめん 三幸の他のレビュー
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さんの他のレビュー
コメント
塩ニボたいわんぶるじっちゃん~さん こんにちは!
随分と懐かしい思い出の場所に行って来たんですね〜
自分も数年前に川越の生家を見に行ったら2軒隣の中華屋さんがまだ残ってました。
当時と言っても47〜8年前、母親がそこでパートをしていて、自分はお店の中でよく遊んでいました。店主は3代変わったそうですが、隣の肉屋さんや向かいの八百屋さんがあり、懐かしかったです!
ヨコべー | 2016年7月31日 17:54街の話も昔話も、きょうはホッコリ。
クラシカルな味が、分厚さを増して継承される、
文化っていいなあ。
GT猫(ひっそり活動中...) | 2016年7月31日 21:42このような醤油
そそられますねぇ~
600円な価格設定も素敵です。
YMK | 2016年8月1日 08:20とてもよいお話ですね。あの頃の日本は全くどこに行ってしまったのか、というほど懐かしさだけを残すばかりです。お姉さんのお話はジーーーンときますね。
それにしても、こういう一杯を提供してくれるところに、何だか逆に街の活力も感じるのですが。こういうラーメン屋がそこそこ賑わしくなって欲しいものです。
とまそん@ラーメン食べて詠います | 2016年8月1日 08:36おはようございます!
朝からしんみりしちゃいました。良いお話をありがとうございました。
今は個人商店、商店街受難の時代で、大規模店に押されてどんどん無くなっちゃいますからね。
ラーメン屋という業界に同じ事が起きない事を祈るばかりです。
尼茶(血圧やや良化^^;) | 2016年8月1日 10:48こんにちは。
ブルさんの懐かしい思い出話、ジーンときちゃいましたよ。
昔の良さってどこに行ってしまったんだろうと思う反面、
便利な環境にどっぷり浸かっていると どんどん前に進んでいかないとと思う気持ち。
人の気持ちも変わっていますからね。
mocopapa | 2016年8月1日 12:49こんにちは。
ほっこりとするような話を、読ませていただきました。
そして、最後のくだりは、ジーンときました。
半世紀以上同じ理髪店に通えることは滅多にありませんよね。
先日まで20年通った理髪店があったのですが、ご主人の引退とともに、
そちらは閉店となりました。
おゆ | 2016年8月1日 15:57
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
千年
井之頭イチロー
高血圧グリーンモンキー麺
Dr.KOTO
たける(喫煙者)





複数の八百屋、肉屋、魚屋、理髪店。ケーキ屋、クリーニング店、履物店、布団店、生花店、大衆割烹、文房具店、書店、玩具店、雑貨店。小さいながらもスーパーマーケットもあった。およそ日常生活に必要な物は何でも揃った。そして、安かった。肉屋の、確か5円だったコロッケはボクのおやつ、大好物。実はこの商店街、葛飾区の第一号となるモデル商店街。
ボクの家は、この商店街のすぐ裏手にあったから、毎日、母の後を追って買い物に出かけたのだ。
この商店街にはいくつもの思い出がある。
このラーメン店の向かって右側、通りを挟んだ店は肉屋(ラーメン店の奥方によれば、鶏肉屋)だった。その店先に小さなクレーンゲーム機があった。景品の中に、金色に輝くトロフィーというか、優勝カップがあった。
無論、ゲームの景品だからミニチュアだ。だけど、ボクはどうしてもそれが欲しかった。何度かトライしたが、なかなかゲットできない。そのころボクは小学校3年生である。月々の小遣いが50円や100円とかの時代だ。ゲーム代をそうそう捻り出すことは出来ない。
あるとき、二歳上の姉ちゃんと一緒に遊んだ。あろうことか、姉ちゃんは一発でそれを仕留めた。出てきたそれを姉ちゃんは、「はい、上げる。欲しかったんでしょ?」と言ってボクにくれた。優しい姉ちゃんだった。
またあるとき、玩具店の店先に、ゲーム機が置かれた。ブロック崩しである。そう、ピンポンの要領で玉を返して、ブロックを崩していくゲームだ。アーケードゲームの走りであった。
ボクは嵌った。単純に面白かった。その後、インベーダーゲームに取って変わられ、ファミコンが発売される。ボクがゲーマーとなったのは、そのブロック崩しのお蔭(?)であることは間違いない。
やがてボクの家はその商店街から少し離れた場所に引っ越すことになり、齢も中学生、高校生となって母と一緒に買い物に出ることもなくなっていく。商店街とは疎遠になっていった。
それでも。今でも毎月、正確にはきっちり四週間に一度、ボクはその商店街に一人で出かける。行きつけの理髪店があるからだ。もう、50年以上、同じ店に通っているのだ。そう、だからこの店にも思い出はいろいろだ。例えば、大横綱・大鵬と共に「柏鵬(はくほう)時代」を作った第四十七代横綱・柏戸。のち、鏡山親方。部屋が近いところにあって、この親方には時々理髪店で出会った。デカイ人だった。そりゃ、元横綱だから。
行くたびに、寂しい気持ちに包まれる。かつて、あれほどの賑わいを見せていた商店街は寂れていった。今では文字通りのシャッター商店街と化している。
ひと月ほど前、理髪店の店長から、この店がオープンするという話を聞いた。何でも、ご主人が自分で内装を仕上げているという。見にいくと、確かに。
日曜、お昼前。およそ8割はシャッターを閉めているのでは? と思うほど、人が少ない商店街のほぼ中心に「元祖柴又らうめん」の看板がある。覗くと、何やらグループ客が入ってビールを飲んでいる。
「あの、ココって、元祖柴又らうめん 三幸 の移転ですか?」
「そうですよ」
「柴又の店、閉めちゃったんですか?」
店の奥方らしき方が頷く。
店内、円卓一つ。カウンター席二つ。狭い店だ。思い切り手作り感のある内装。「三幸さんへ」と書かれた芸能人の色紙が所狭しと飾ってあるよ。
ビールを飲んで、掲題のモノを注文。10分ほどで配膳。柴又の店に行ったのはもう10年以上も前だから、記憶が殆どない。以前と同じなのだろうか?
強めの動物系の出汁。豚、鶏中心だろう。これまた強めの醤油ダレと相まって、薄っぺらさは感じない。だから、ただの昔ながらの醤油ラーメン、という感じではない。
おそらく麺もそれに影響している。柴又時代は青竹で打っていた記憶がある。「自家製らーめん」という品書きは、今でもご主人が打っているからだろうか?
モッチリして、ぶっつり切れるというか、潰れるというか、独特の食感。手打ちだからか? しかし、麺を打つスペースはあるんだろうか?
チャーシュー。4枚。お、燻してるではないか! 大変香ばしい。硬いけれど、ウマイチャーシューだ。
ホウレンソウ、ナルト、ネギ。ヴュジュアル的には「昔ながら」ではある。嗚呼、ホッとする。旨いラーメンではなく、美味しい中華そば、だと思う。
「昔はね、この商店街、凄く賑わってたの」
「知ってます。ボク、毎日来てましたから。アソコが肉屋で、こっちには小さいスーパーがありましたよね」
「へえ、お客さん、よく覚えてるね。40年くらい前ですよ、それって。あのスーパー、流行ってたよね」
「まさか、あのスーパーを知ってる人に会えるなんて。それに、いいですね、このラーメン。素朴で、懐かしいです」
「そう、ありがとう。また来てくださいね」
梅雨が明けた東京は、キツイ陽ざしが刺すようだ。熱いモノを喰った後だし、汗が溢れてくる。
ボクが、この商店街に毎日通った頃より、きっと暑くなっているよね。
流行ったスーパーは、だいぶ前に戸建て住宅になった。
横綱・柏戸関。のちの鏡山親方はもう20年近くも前に鬼籍の人となり、鏡山部屋もそこには、もう、ない。
このラーメン店の横で、金色のトロフィーをくれた優しかった姉。幼い子二人を残して、この世を去ったのは四半世紀も前のこと。
こうして、ボクも、ただ齢を重ねていく。
(スコアは思い出加点していますこと、ご了承ください)