レトロ調にこだわった店内には多くのレプリカポスターが貼られてあり、わずか4席だけの屋台のような懐かしい佇まいだ。そんな和やかに見える店内を、店主さん一人で切り盛りされているが、ご主人の強面な風貌が店内にピリッと張り詰めた緊張感も与えている。そんな店内に入って気が付いたのだが、カウンター上の壁には「すするな危険」と大きく書かれていて、ブラックラーメンの破壊力の強さを誇示している。店内に流れる東京 FM を聴きながら、ノスタルジックな店内には不似合いなレモン水を飲んで待っていると、着席して5分で我が杯が到着した。
〝ニューオープン 探検記〟
本日は錦糸町のサウナ「ニューウィング」からの新店めぐりをスタートする。
昨晩は午後8時には錦糸町駅に降り立ち、キャッチの声をすり抜けながら無事にアジトに辿り着いた。こちらの施設にも若者の侵攻が進んできており、大浴場の棚は埋め尽くされているほどの盛況ぶりだ。サウナ人気が高まるのは愛好家としては嬉しいのだが、サウナのマナーはおろか、世の中の常識すら知らない若者が時折見られるのが悲しい。身体を拭いてからサウナ室に入れとか、汗をシャワー等で流してから水風呂に入れだとかの以前に、ここは公共の場である事をわきまえて欲しい。なにも浴室内で声を出すなと言うわけではないが、話の内容には気を付けて欲しいものだ。酔っ払ってサウナに入ってくるのも危険なので退めるべきだが、友人同士の下ネタを超えた下品極まりない話は、同室するのが耐え難い内容でサウナを出てしまった。水風呂に入る際も風呂桶で水を掛け合ったりと、子供でもしないようなイタズラを楽しんでいる。ほんの一部の若者たちだけの振る舞いが悲しく思い、昨夜は〝ととのう〟事なく食事処へと向かった。
こんな夜にでも私を裏切らないのは冷えた生ビールだ。いつからか〝男気ジョッキ〟と呼ばれるようになった大ジョッキだが、私にとっては男気でも何でもない平常心ジョッキを楽しみながら夜が更けるの待った。キンキンに冷えたビールの今宵のツマミは、熱々の湯豆腐にした。夜遅くに食べても罪悪感の少ない豆腐を自身に置き換えながらサウナでの嫌な思いをかき消した。
熱々のサウナ室内には昆布という名のマットが敷かれてあり、その上にそっと佇むように豆腐の姿を借りた私が座っている。あくまでも弱火で、じっくりと冷えた身体を温めていく。周囲を見ると白菜や白ネギの色白の常連客が今夜も入っている。よく見ると隅の方にはエノキもいて、サウナ内には色白の顔見知りばかりの穏やかな空気が流れている。そんな和やかな雰囲気の中に、追加トッピングで注文した鶏肉が後からやって来た。鶏肉を湯豆腐の中に入れると、平穏だった湯豆腐が一変して緊張感が走る。これは現実のサウナ内でも起こる事で、真っ黒に日焼けしたムキムキのボディに鍛え上げた中年おじさんがサウナに入ってきた時と同じ感じだ。湯豆腐という草食の世界に鶏肉が入ってきただけで肉食の世界へと様変わりする。ムキムキおじさんと同じくくらいに、鶏肉には世界を変える力を持っている。そんな中でも己に集中して、ゆっくりと温めらた豆腐を崩れないように取り出すと、豆腐の姿を借りた私の身体からは真っ白な湯気が上がっている。そんな火照った身体を、ポン酢という名の掛け水をしてから口の中に放り込む。冷たいポン酢の掛け水くらいでは冷めない豆腐を、キンキンの生ビールという名の水風呂で一気に身体を冷ますのだ。この繰り返しで大ジョッキ4杯を楽しんで、先程のサウナでの事を忘れられた。しかしこの楽しみ方には、咽頭がんの危険性が伴うので注意が必要だ。
翌朝も軽めの3セットで〝ととのう〟まではいかなかったが微調整する事は出来た。そこで昨日から見つけておいた葛飾区 立石で産声を上げた新店へと、正午少し前にサウナを出発した。錦糸町駅から半蔵門線で押上を経由して京成線に乗り換えると、30分ほどで最寄りの京成立石駅に着いた。そこからは立石名物のもつ焼き「宇ち多゛」の真っ昼間からの大行列を横目に、数々の名店ひしめく商店街〝仲見世〟を進んで行くと赤提灯の掛かった店先を見つけた。ガラス扉の店内に入ろうとすると「向かいの店の券売機で...」と書かれた謎の貼り紙を見て振り返ると、通りを挟んだ向かいの店に券売機が置かれてあった。不思議に思いながらも、そちらに入ってみると無人の待合室となっており、謎めいた要素が満載で興味をそそられる。狭い室内には中待ちイスの他に二階へと上がる階段があり、インスタ映え間違いなしと書かれてあったが一人で上がるには怖すぎたのでやめておいた。券売機の前に立ち左上のトップを飾っている〝ブラックラーメン〟というオススメメニューと味玉を追加発券して向かいの店に戻った。
昼時だが先客が1名なのをガラス越しに確認して店内に入り食券を手渡すと、店主さんから「辛さはどうします」と予想外の言葉が発せられた。ブラックラーメンが辛いメニューとは知らずに注文してしまったので、慌てて「辛くないラーメンに変更できませんか」と尋ねてみた。すると今月の限定らしい煮干系のラーメンを薦められたので、訳もわからず変えてもらった。そちらだと基本でも味玉が入っているとの事なので、追加発券分の 100円が戻ってきた。辛いものは得意なのだがラーメンには、それを求めないないので店主さんには手間を取らせてしまったが安心して店内を見回してみる。
レトロ調にこだわった店内には多くのレプリカポスターが貼られてあり、わずか4席だけの屋台のような懐かしい佇まいだ。そんな和やかに見える店内を、店主さん一人で切り盛りされているが、ご主人の強面な風貌が店内にピリッと張り詰めた緊張感も与えている。そんな店内に入って気が付いたのだが、カウンター上の壁には「すするな危険」と大きく書かれていて、ブラックラーメンの破壊力の強さを誇示している。店内に流れる東京 FM を聴きながら、ノスタルジックな店内には不似合いなレモン水を飲んで待っていると、着席して5分で我が杯が到着した。
その姿は鳴門丼とも切立丼にも見える器の中で、大胆不敵な表情を浮かべて出迎えてくれた。券売機では違うボタンを押したので、これが初期設定のラーメンなのかと疑ってしまうような大盤振る舞いだ。失礼ながら立石で丁寧な盛り付けは期待していなかったが、口縁に飛散したカエシもそのままで提供されるあたりも想定内の盛り付けだ。ご主人の風貌に合った男らしさを感じる器の中から、盛りだくさんの具材の隙間を見つけて木製のおたまを手にした。
まずは照度の高い栗梅色のスープをひとくち。わずかにだけ液面を見せるスープにおたまを沈めると、商品名にある煮干しを軽やかに感じさせる香りが緩やかに立ち昇ってきた。表層を覆った香味油もキメが細かくサラリとしておたまに注がれてくる。その下には醤油の色素に染まってはいるが、純度の高い透明感のある魚介出汁が潜んで見える。その澄み切ったスープからも、煮干し系とは言っても煮干しを潰して炊いたようなタイプではないのが分かる。まだまだニボ耐性が弱い私には、ニボ清湯である事が救いだった。いざスープを飲んでみようとするが、このタイプの木製おたまの飲みづらさには毎回のように手こずってしまう。やはりこれは飲むための道具ではなく、具材をすくい上げるための道具ではないだろうか。なんとか苦戦しながらもスープを口に含むと、煮干し特有の苦味の少ない品のある旨みが舌に乗ってきた。ぬるくはないが熱々でもないので旨みを感じやすくなっていて、煮干し以外の乾物の旨みも感じられる魚介系スープだ。そんな清らかな魚介出汁に合わせるカエシは若干強めに設定されているが、喉を灼くような強さではなく高めギリギリに収まっている。
続いて麺上げまで 80秒のタイマーよりも早く引き上げられた麺は、平打ちぢれの細麺タイプを採用されている。持ち上げた箸先には黄色みのある透明感が印象的な麺だが、器の中でダマになって絡まっている。テボの中の麺が対流しなかったのが原因と思われるが、細心の注意を払うべき麺上げ作業がこれでは、すすり心地が良いはずもなく残念に思いながら箸先を使って麺を解いた。丼の底が小さくなった形状のせいもあって、麺が集合してしまい麺の〝さばけ〟が悪くなっている。そんな一手間がかかる麺を口に運ぶと、短い周波のちぢれ具合が唇をくすぐって滑り込んでくる。モッチリとしながら歯切れの良さも持ち合わせた、あまり他では出会わない個性的な麺質が特徴的だ。それだけに麺の癒着が残念で仕方ない。
具材のチャーシューは片面を炙られた豚バラの煮豚が大きく横たわって盛り付けてある。炙り効果によって香ばしさが薫る肉厚のチャーシューは、しっかりとした歯応えが楽しめる。薄味仕立で脂身の少ない赤身中心の部位なので、豚肉本来の旨みが味わえる仕上がりとなっている。所在地の立石 仲見世には多くの惣菜を扱う精肉店もあるが、そんな地元の総菜屋にも対抗できるチャーシューだと思った。
ここからの具材は自身の勝手な好みから外れていて残念だったが、基本でも入っていた味玉は即席で仕込まれたような色玉だった。白身の表面こそ漬けダレが染みているが、中身は半熟ゆで卵そのままだった。トッピング欄には味玉と明記されていたので、味玉としては物足りなさを感じてしまった。
板メンマは平均的な味付けで、可もなく不可もなくと言っては失礼だが汎用品ではと思えるメンマだった。分厚く斜め切りにされたナルトも添えてあったが、ファーストタッチで器の中から除外しておいた。
メンマやナルトに反して脇役以上の演技を見せてくれたのは海苔だった。業務用の安価なラーメン海苔ではなく、海苔問屋の焼き海苔を使われていて驚いた。もちろん原価の理由から、はね出し海苔だとは思われるが、寿司屋の海苔にも負けない香り高さと舌触りを感じられた。そんな高級海苔を十字4切が三枚も基本で添えられているのだから驚かざるを得ない。
薬味の白髪ねぎは、見た目の良さはアピールするが実際の舌触りとしては疑問に思う点がある。切り置きされて乾燥した切り口からは、白ネギの潤いもなく香りや辛味も立ってこない。しかも食べ方を間違えると束になって口に入ってくる恐れもあるので注意が必要だ。その他にも青ネギの小口切りもあったが、印象には残らない彩り要員だったと思われる。
中盤からも丼の底で絡み合った麺を解きながら食べ進んできたが、結束した麺を処理するのに疲れてきて箸を置いた。やはりラーメンの中の、麺の重要性を強く感じてしまった一杯でした。