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「広東麺(800円)」@精陽軒の写真淺草來々軒にまつわる八つの物語 其ノ参 「西支料理」

 新型コロナウイルスの影響なんざ、どこ吹く風。まあ、この時期にようこれだけの客が来るという感じである。確かに安い。それに、この広東麺、さしたる特徴はないけれど、飾り切りした烏賊、海老、鶉卵など、広東麺に必須具材がもれなくインされている。表参道の駅から5~6分という立地で、この内容で800円なら文句のあろうはずもない。

 スープは割と単調だ。町中華っぽい店だからこれでいいと思う。少し甘いのだが、卓上にある自家製らしき“辛味”を入れて、ヴィネガーを入れれば、“甘辛酸”で広東麺の美味さが倍増する。

 麺は細く少し硬い。此処はそう、少しヤワメのチュルチュル啜れる麺がイイのだが。スープが大人しいからその方が合うと思うが、ま、これも悪くない。

 具は他に豚肉、マッシュルーム、ヤングコーン、キャベツ。それに、これはイカンぜよのピーマンの細切り。野菜不足の折にはいいけれど、この齢になると、肉より野菜を喰うことが多くなっているからな。

 入店して僅かな空席に案内され、「広東麺お願いします」というと、オバチャンが「は・・・広東麺単品ですか? 今日はね、チャーハンが付いくサービスランチが900円なのよ」と仰る。ふと見ると、ボクの隣に座っている50年配のオヤジがソレを喰っているではないか。なんと、半チャーハンではなく、フル規格のチャーハンだ。慌てて言葉を返す。「すみません、量が、とてもあの量は喰えないんで・・・」。聞いてたろうな、隣のオヤジ。しかし、100円でフル規格チャーハンが喰えるなんぞは破格の大サービスではないか。近くの青学の学生らしきも来ていたが、若いアンチャンたちは嬉しいだろうよ。

 しかし、まあよう客が来る。正午間際には外待ちである。この界隈、職場の研修がたまにあって何度か来たことがあるくらいで、土地勘はあまりないが、確かに飲食店はあまり多くない。そのせいもあるだろうし、安いし、美味しいし、量があって、そして何より品が豊富なのである。

 そう、此処はいわゆる“西支料理”店。だから洋食も・・・・あるには、ある。大人気メニューという「中国風オムライス」。それ以外には、えーと、ない。カレーライスもカツライスもない。だから今は、中華料理店、なんだろうな。


 さて、ここから【淺草來々軒にまつわる八つの物語 其ノ参】。3回目は「西支料理」。

 元々西洋食堂だったこの店、創業は1914(大正3)年のことだそうだ。ネットでは元々はカフェだったという記述も見えるが、店内に掲示された大正時代当時の写真には“西洋料理”の看板が見える。中華を出し始めたのはいつからか? 記録もないし、店は大忙しで聞ける雰囲気ではない。

 西支料理というのは文字通り、西洋料理、つまりは洋食、それに支那料理、中華料理の両方を出す店である。流石に今はそう名乗る店は多くはないが、有名なところでは たいめいけん。昭和6年の創業だが、ルーツをたどると明治18年にまで遡る。店の公式サイトでは京橋通りに“「西支御料理処」泰明軒”を明治18年に出店したとある。詳しい場所を調べると芝区南佐久間町あるいは、ボクが所持している本だと芝区今入町、とある。移転したか、もしくは同名屋号の別の店、という可能性もあるが、どちらも今だと新橋・虎ノ門あたりだ。

 それから東銀座にある 中華そば 萬福 。屋台から始まり、昭和4年に創業。今でもポークライスがメニューにある。深川の深川 煉瓦亭 本店 もそうで、1895(明治28)年創業の銀座・煉瓦亭から暖簾分けされ、昭和3年に創業。オムライスやナポリタンを今も提供している。

 さて、1911(明治44)、浅草はすし屋横丁に支那料理、広東料理店の來々軒が創業した。当時の南京町(今の横浜中華街)から中国人コックを招いたのが功を奏する。本場の中国料理、一品料理が喰えるということで大繁盛、大正半ばには1階も2階も客が溢れるほどの人気ぶり。この盛況を他の店が指を咥えてみているだけのはずもない。関東大震災が起きるまでというもの、東京の町には中華料理店が続々誕生し、街に溢れかえる。さあその波に乗り遅れまいと、明治の初めから増え始めていた西洋料理店が、あるいは小さなカフェまでもが“支那料理店”を兼業していくこととなったのだ。ことに関東大震災直後は『猫も杓子も西洋、支那料理を看板としてゐたものだった』(1933,昭和8年に発行されたある本)そうである。これがやがて、大衆の中華料理熱を冷すことになっていくのである。

 それは、その『西洋料理兼業のあいまいが、群小カフェーなどで、インチキ料理を食はされてことによつて、大衆の熟度は、徐(おもむ)ろに降低して行つ』(同)ってしまったからだ。結果的に浅草では兼業支那料理店は一軒も成功しなかった、とある。
(続く)

投稿 | コメント (10) | このお店へのレビュー: 1件

コメント

どもです。
会社のそばの町中華では今さら写真なんぞは
絶対にとれません😅
定食しか食べないし😃
ってか、ラーメンばっかり食べてて行けてないのが
申し訳無く😆
毎朝、挨拶してるんですが😫

こんばんはぁ~♪
西支料理 今の町中華の原型ですね。
西洋料理のお店が時代の流行に乗って中華を出し始めたのが
始まりなんですね! 今の町中華の流行は戦後なんですか?
化調の広まりとともに町中華が繁栄しましたからね。

mocopapa | 2020年3月30日 22:55

こんにちは。
CP良さそうですがさすがにフルチャーハンはキツイですね。
泰明軒や萬福も西支料理店だったんですね。

kamepi- | 2020年3月31日 07:23

たいめいけんはこう書くんですねー🤔
煉瓦亭は近いので、そのうち行ってみたいです。
洋食注文しちゃいそう😅

NORTH | 2020年3月31日 07:57

おはようございます🌞
この辺り、侮れないですね。
先日、福蘭で餃子と麺類を頂きましたが、独特過ぎました👌✌️

銀あんどプー | 2020年3月31日 08:32

書いてて楽しいでしょ(笑)

ボケないボケない・・・。

junjun | 2020年3月31日 08:57

こんにちは😃

西洋料理からの俄か中華が、中華熱を冷ます
結果に繋がったとは。
西支御料理処泰明軒もその片棒を担いだのかしら。
異業態からのラーメン進出が目立つ現代、
この先どういう結論に向かうのか?
なんちゃって。

としくん | 2020年3月31日 16:21

こんにちは。創業106年。当初の西洋料理ってどんな感じだったのか?興味深いです。

いたのーじ | 2020年3月31日 18:02

こんばんは~
店名が、有名店と被るてるような?
100円+チャーハンとは…必ず付けますね❗
町中華最高~(^-^)

あひる会長 | 2020年3月31日 23:17

おはようございます
西支料理屋が町中華へと繋がって行くんですね。
町中華もまた数を減らしていってる気がします。

あらチャン(おにぎり兄) | 2022年8月26日 07:58