RAMENOIDさんの他のレビュー
コメント
ベストの珍来に出会えましたね。
やっぱり店によって少しずつ違うんですね。
まなけん | 2020年6月1日 06:59おはようございます☆
RAMENOIDさんにとってベストオブ珍来ですね。
思わずBMしてしまいました。
高齢のご主人に年季の入った店…めちゃくちゃ気になります!
ノブ(卒業) | 2020年6月1日 07:20こんにちは。
朝日屋食堂のタンメンと言えば伝説的な存在で、やはり石岡の燦虎さんでインスパイアされていたような。
それにしても県内にこれほどの珍来さんがあるとは自分も知りませんでした。
必ず追随します。
蛇足:昨日「日本で3番目に美味い店」行ってきました。
glucose | 2020年6月1日 08:23おはようございます
ホントに盛り過ぎですよね。
違っても良い風に捉える究極のプラス思考なのかも。
聞いてみるのが一番ですよね。
予防線…なんてせこいんだ^ ^
命狙われたら狙われたで堂々としてれば大丈夫
…多分。
…いや、もしかして。
あらチャン(おにぎり兄) | 2020年6月1日 08:31どもです!
珍来の恐るべき事実かもしれないことに気づきましたね。
少しでも箔がつくようにとの創業年。
そして、茨城珍来が箔をつけようと目に止まったほどの
熟練のレベル高き1杯だったんですね。
餃子も調和した美味しさがありましたか。
満足度でいえばダブル役満だったことでしょう
さぴお | 2020年6月1日 08:44どもです。
高得点が出ましたね🎵
核心を突いたかもしれませんよ😝
南無阿弥陀仏orz
ラーするガッチャマン(通院中) | 2020年6月1日 08:55こんばんは.
すごい年季の入った丼ですね.興奮具合が伝わってくるレビューですね.とりあえずBMしました.
想像するのも醍醐味なのでしょうけど,やはり聞いてみると色々とわかりますね.面白いです.
Paul | 2020年6月1日 09:04こんばんは!
もうそろそろ、論文が完成しそうですねェ〜
難しいことはよくわかりませんが、一言言えるとしたらこのタンメンが550円てのは素晴らしいってことかな。
ラーメン大好き夫婦(nao) | 2020年6月1日 18:46こんばんは。
茨珍の創業年の謎は残りましたね。
あまり深く追求しない方が良いのかな。
kamepi- | 2020年6月1日 20:44こんばんは🌇
珍來が秘密結社フリーメイスンのように思えて来ました。
定期的に地下会合を開いて、運営方針と敵対勢力の排除について
決めてるんですよ。
金丸珍來のご主人は重要構成メンバー。
ここまで来たら、懐に飛び込むしかないでしょう(笑)
としくん | 2020年6月1日 21:22そうそう。
貴殿に是非にこちらへの訪問を促そうと、タンメンを食べてきたばかりですよ。
1年ぶりの来訪に関わらず、アイスコーヒーが出てきたのは嬉しかった。
しかし、かなり響いたようですね!
確かにラーメン本に載ってないのが不思議にも感じるのですが、年季の入りすぎた店構えが影響しているのでしょうか。
ピップ | 2020年6月1日 22:32あ、餃子はニンニクが凄い効いていて、旨いです!
ピップ | 2020年6月1日 22:32こんばんは。
今回も熱い研究レポですね^^RAMENOIDさんのレポが今度出なくなったら刺客に消されたと思っておきますね(笑)
poti | 2020年6月1日 23:01おはようございます^^
常陸の国の国府は石岡にあったんですか。
初めて知りました。歴史のある町なんですね。
茨城珍来の謎、想像を膨らませると面白いですね。
刺客はもうそばまで来ているかも。
夜道に気を付けましょう(笑)
mocopapa | 2020年6月2日 05:04おはようございます。
餃子の撮影を忘れるほどの大感動で、
話しも伺えて、訪れた甲斐がありましたね。
石岡の歴史は初めて知りました。
身辺お気をつけて(苦笑)
おゆ | 2020年6月2日 08:15こんにちは。
こちらは駐車場がないので、
一度偵察に行ったきり、未訪でした。
歴史のあるお店、行ってみなければ。
ももも | 2020年6月2日 20:17 こんばんわ~!
>「今,茨城の珍來さんを食べ歩いているんですよ」と言うと,女将さんが乗ってきていろいろ教えてくれた。
うひょ~こんなやり取り最高なシチュエーションですね!
益々、深くてマジで本が出せそうですねw(笑)
バスの運転手 | 2020年6月4日 00:51
RAMENOID


コアラのマーチ







正直に言おう。
興奮しすぎて餃子の写真撮るのを忘れた。
ここまでも最近のレポは長かったが,これが最長になると思う。
「金丸珍來」という名で登録されているが,店の看板は「珍來」で,どこにも「~店」とかは書かれていない。
そう,茨城で「珍來」と言えばここだけだったのだろう。
他県の方も読まれるので石岡市についてちょっと説明する。
茨城県の大半は,昔「常陸の国」と言われていた。
奈良時代,常陸の国国府が置かれたのが今の石岡市。
伝統のある街なのだ。
石岡市の市街地は,今は「国府~丁目」という地名になっているが,昔はぞれぞれ町名があった。
この「珍來」のある場所は,旧町名で「金丸町」なので,誰かが他の珍來と区別するために「金丸珍來」と呼んだのだろう。
ちなみに石岡市では,「関東三大祭り」と言われる「石岡のお祭り」があるが,この祭りの時だけは旧町名が今でも使われている。
石岡市の住人にとっては,今もこの辺りは「金丸町」なのだ。
さて,この「金丸珍來」さんだが,盛っていた昔の石岡市ではそれなりに賑やかだっただろう裏路地にある。
見ればすぐそれがかなりの歴史がある店舗だと分かる。
暖簾をくぐると,お年の割に元気そうな年輩の女将さんがお出迎え。
一番奥のテーブル席ではすでに地元の親父さんが飲んでいる。
厨房内には,80前後かなと思えるご主人と,ほぼ同年配だと思われる助手さん。
店内の全てのものは黒ずんでいて全て骨董品のよう。
赤いシートはところどころ破れているが,それがまた味わい深い。
Pさんは,「キタナシュラン」っぽいことを書いていたが,不衛生な感じはしない。
ただ全てが歴史を重ねただけだ。
一番手前のテーブルに陣取り,厨房上方に下げられたメニュー札を一応見るが,価格部分は黒ずんでいて読み取りにくい。
「ラーメン」は450円,「ワンタン」が450円,「タンメン」が550円……これだけ読めれば十分。
女将さんにすかさずタンメンを注文し,メニュー札は確認できなかったが餃子も注文すると通った。
会計時に判明,餃子は400円と,結構普通のお値段。
550円+400円,計950円也。
注文した後,女将さんに「古いお店ですね。今,茨城県中の珍來さんを食べ歩いてるんですよ。」と話しかけたら,その後いろいろ教えてくれた。
長くなるのでその内容は【研究】部分に。
注文から7分ほどで提供されたのは,開業当時から使っているのではないかと思えるような,雷紋がほとんど消えかかっている年季の入った器に盛られた一杯。
前述の通り,後から運ばれてきた餃子は写真を撮り忘れた。
麺は多加水気味の平打ち太微ウェーブ。
まさしく珍來の麺の形状である。
歴史のある店なのでやわやわも覚悟したが,これがしゃっきりとやや固茹でで現代風。
強い確かな腰と小麦の味わい。
これまでいただいてきた珍来麺の中でも,一枚上手のような錯覚を覚える。
麺をすすった途端衝撃が走る。
なんだこれ,美味すぎる!
ギャップ萌えもあるのかもしれないが,塩分やや高めのそのスープは衝撃的。
スープ自体の旨味がしっかりしている上に炒めた具の旨味もしっかり流れ込んでいる。
少なくとも,これまでいただいてきた「珍來」または「珍来」のタンメンの中ではベスト。
驚きと歓喜の感情が湧き上がってくる。
店の外には出前用のカブがとまっていたが,この近辺の方は,長年これを出前で食べてきたのだろうか。
具は,豚肉,キャベツ,もやし,ニンジン,ニラ。
別段量が多いわけではないが,この炒め具合と味付けが,まさにジャスト。
いやあ,全く隙がない熟練の技だ。
麺量はここも200g近くあるのかな。
写真を撮り忘れた餃子だが,これまたメチャクチャうまい。
珍來さんはラーメンよりも餃子の方がオシの店が多く,これまでも美味しい「珍來」または「珍来」の餃子をいただいてきたが,私的にはここのものが1番。
大きさはやや大きいくらいで,皮の厚さもやや厚めくらい。
他店のような突き抜けた要素はないのだが,全てが調和している感じの完成度だ。
これも手づくりで一つ一つ包んでいるのだろうか。
麺類よりはやや高めだが,400円も納得である。
完食完飲。
骨董的価値,茨城の珍來の歴史を確認できるだけで十分,味は二の次と思っていたが,これほど美味しいとは。
何でこの店が,これまで茨城のラ本等で取り上げられてこなかったのだろう。
おそらく,チェーンの「珍來」として,完全な個人店とは別の扱いを受け,探検隊も食べに来なかったのではないだろうか。
私もこんな研究やってなければ食べに来なかったろうし。
この店の比較的近くに「朝日屋食堂」さんという店があって,そちらのタンメンは好評,昔から「朝日屋食堂」さんの方はラ本にも取り上げられてた。
東日本大震災で建物が被災し,惜しまれながらも閉店してしまったが,こちらのタンメンもそれに勝るとも劣らなかったのではないだろうか。
こちらは「朝日屋食堂」さんの分までまだまだ頑張ってほしい。
採点は付加価値等全く考えなければ85点かな。
感情的には大感動の90点だが,中間でいこうと標記の採点。
歴史的価値を理解せず,もっと新しい店できれいな器で食べたいという方は80点くらいになるかもしれない。
【研究】
「今,茨城の珍來さんを食べ歩いているんですよ」と言うと,女将さんが乗ってきていろいろ教えてくれた。
「珍來も別系列があるからね,川井さん(茨珍)のところは別,うちは総本店系だから。」と女将さん。
千葉の総本店で親父さんが働いたというので,「北千住じゃなくて?」と聞くと,そっちで働いたこともあるとのこと。
開店年は詳しくは私には話さなかったが,昭和40年代だということをおっしゃっていた。
「麺は船橋の珍來製麺所からの仕入れですか?」というと,そうだとのこと。
そこで気付いたことがある。
このような古くからの独立店は,草加も船橋も区別せず,「総本店」と呼んでいることだ。
この研究では「総珍」と「ドラ珍」を区別して考えてきたが,「総珍」のHPでも構成図に入っていた通り,独立店にとっては一つの本流の会社なのだ。
試しに「豊華食品」の創始者の石井氏のことを聞いてみたが,この近くの出身地なのにそちらのことは全く知らなかった。
さて,この店の開店した年だが,珍來大研究科の親衛隊氏はちゃんと聞き出していた。
女将さんがここに嫁いできたのが昭和48年,店はその2年前にできた………。
昭和46年!
茨珍が創業としている年ではないか。
では,茨珍の基礎がこの店?
いやいや,関係を全否定してたのでそれはない。
では,同じ年に開店した珍來があって,それが茨珍の始まり?
いや,この茨城の古くからのからの珍來さんを全て把握していそうな女将さんからもそんな話は出てこなかった。
うーん……。
そこである恐ろしい発想が浮かんだ。
この店の開店した年を,茨城に「珍來」が初めて凱旋した記念の年と位置付け,茨城の珍來の代表的な意味合いで「創業昭和四十六年」としているのではないか。
この想像が真実だとしたら,(なんてせこいんだ!)ということになるが,総本店の「創業昭和三年」も,創始者が上京した年で,「珍來」という店を始めたのは遥かに後だということを考えれば五十歩百歩かな。
会社に箔をつけるため,創業年を可能な限り(可能じゃないと思うが)早くもってくるという手法まで真似るとは,茨珍,すごい。
ここまで書いてきて何だか怖くなった。
茨珍が秘密を暴いた私に刺客を差し向け暗殺されるのではないか。
いやいや,総珍でさえ出禁。
そこで予防線を張っておこう。
あくまでも想像です。ラヲタの戯言とお流しください。
私を出禁にしたりしたら,それこそ真実だったと認めることになりますよ。
私は,全てにおいて寛容な珍來さんを愛してます。
これで大丈夫だろうか。