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「タンメン+ギョウザ」@中華料理 珍来の写真町中華「珍來」小研究22(日本橋馬喰町系)

茨珍,総珍,ドラ珍,独珍という順で回ってきた。
(似非珍なんてのもあったが(笑))
板珍(板橋)と東珍(東金)は県境を越えねばならないのでしばらくお預けなのだが,そのどれにも分類されない小グループがある。
日本橋馬喰町系珍來。
東京から遠く離れた,茨城県の東端である神栖市にある,おそらく日本最東の「ちんらい」は,その馬喰町系なのだ。

車で1時間半,神栖市はやっぱり遠い。
距離的には大宮に行くのと同じくらい。
千葉市の方が近い。

店は,鹿島臨海工業地帯にある工業港,「鹿島港」の近くにある。
この鹿島港は1960年に完成した人工港で,茨城県民の歌にも出てくる。
何もなかった砂浜の海岸を掘って人工の港を作り,その周辺を工業地帯にするという,壮大な計画によって作られた。
海沿いのだだっ広い場所で,隣はどこかの会社が持つグラウンドとコンビニ。
近くには工場も見えないが,昼時には工員がけっこう来るのだろう。
店舗写真を見ていただけると分かるが,この店にはあの「珍來」の派手な赤い看板も,茨珍のような黄色いでっかい看板もない。
道路際に「中華料理 珍来」と書かれた小さく目立たない看板が出ているだけ。
店横を入り,駐車場側から眺めると,紺色の暖簾がかかってなければ民家のような地味なたたずまいだ。
その暖簾には「中華 料理」と横に書かれ,中央に「珍来」と小さく縦に入っている。
知らない方が見たら,あの派手な看板の「珍來」とは全く無関係の地方の食堂だろう。

入店すると,意外なほど広い空間が広がる。
テーブル席と小上がりのみ。
年輩の女将さんと厨房にも年輩の女性。
最初は気付かなかったが,さらに奥には年輩のご店主がいた。
テーブルに通されメニュー表を眺める。
そろそろ変わり種メニューにしようかとも思ったが,馬喰町系とはどんなものか比較してみたくてタンメンを注文。
餃子もつけてみた。
タンメンは650円と安く,餃子も350円。
計1000円也。
待ってる間,よく見たら「サーティメン」とか,「サーティーライス 」とか,謎のメニューもあった。
30?何だろう。
注文から5分未満,素早く提供されたのは,店名が入った青磁の器に盛られたタンメン。
ピーマンが入っているのは茨珍以来だ。
遅れて提供された餃子はこれまでで最も小振りなものが5つ。
これも皿に店名が入っているが,他店では見られなかった篆書体の「珍來」。
ドラ珍の器のマークは丸に「珍」の篆書体だけど。
親衛隊氏によると,この篆書体の「珍來」は馬喰町系に見られるものらしい。

麺は,いかにも珍來麺という形状,軽い平打ちの太い微ウェーブ。
珍栄会系よりもややドラ珍っぽい小麦感のしっかりした麺だ。
後で聞いたら,独珍同様,船橋珍來製麺所とのこと。
スープは出汁感弱め。
炒めた具の旨味の流入も限定的。
かなりあっさりのタンメンスープという印象だ。
具は,豚肉,白菜,もやし,ニンジン,玉ねぎ,ニラ,ピーマン。
たまねぎやピーマンが入るのが特徴かな。
麺量はほかの珍來さん並みに200gt会と思う。
小ぶりな餃子は,皮も薄めだが,大きさとのバランスはいい。
ニラの効いた家庭的な味で,本当はこんな味わいの餃子が好きなんだよね。
完食完飲。

好みとしては,これまでの珍來さんでいただいたタンメンの中では上位というわけにはいかないが,いわゆる「珍來」らしい雰囲気が全くない店でいただく珍來麺のタンメンは,また格別だった。
客は前客1,後客2~3という状態だったので,会計時に女将さんやご店主さんに,少し話を聞くことができた。
何にせよ,本家はもう閉店してしまっている風前の灯火の馬喰町系の店でいただける意義は深い。



【研究】
「珍來」が総珍によって商標登録された今,本流系で修業した店は,暖簾分けして珍栄会に入るか,ちょっと名を変えた形で独立しているようだが,総珍とドラ珍が分かれる前に「珍來」または「珍来」として独立した店がたくさんある。
それを本研究では「独珍」と呼んでいるが,その独珍で修業した方がさらに独立し,小グループを作るケースも当然ある。
茨珍も東珍も板珍も,大きく括ればそのケース。
馬喰町系は日本橋馬喰町にあった店で修業された方が独立している店だ。

食後に女将さんらしき方に「今珍來さんを食べ歩いているんですけど,こちらは馬喰町さん系らしいですね。」と声をかけてみた。
女性は詳しくは知らないらしく,店の奥にいたご店主を呼んでくれた。
「そう,うちは馬喰町。」と,ちょっと知ってる人がいて嬉しそう。
「麺は船橋の珍來製麺所ですか?」と聞くと,それにも頷いてくれる。
「いつ頃に開店したんですか?」と聞くと,「昭和50年からやってるよ。」と,はっきりと答えてくれた。
まだ茨城の珍來さん全てをレポしてないが,少なくとも現存する茨城の珍來さんの中では「金丸珍來」さんに次ぐ老舗。
うーん,味よりも歴史的価値が高い店だ。
馬喰町系……親衛隊氏によると,本店始め,都内に2〜3店あったようだが,ほとんど閉店してるとのこと。
何と福島市にもあるようだが。
そちらが日本最北の「ちんらい」さん?
いつか行ってみたい。
70を越えているだろうご店主。
まだまだお元気で頑張ってほしい。

投稿 | コメント (14) | このお店へのレビュー: 1件

コメント

おはようございます☆

店舗写真拝見しましたが「珍来」さんとは思えない外観ですね。
馬喰町系と仰ったRAMENOIDさんに店主さんも驚かれたんじゃないですか?
しかし奥が深い上に広がりもすごいグループですね。

ノブ(卒業) | 2020年6月2日 07:30

こんにちは^^
昭和50年創業ですか。馬喰町系というのもあるんですね。
古いお店の暖簾分けだと広がりが凄いですね。
サーティーメンは東中野のお店でいただきましたよ。
https://ramendb.supleks.jp/s/14259/review?u=56

mocopapa | 2020年6月2日 08:02

どもです。
仕事で年に数度、近くに行きます❗
珍來さんあったんですね🎵
開店して35年、レポ数2
凄ご(笑)

こんにちは!このコロナ騒動・ベテラン店主さんの老舗・食堂・岐阜でも閉店してしまったとの話をちらほら聞くようになってきました・・・辛いですね・・

みずみず | 2020年6月2日 09:47

こんにちは。

馬喰町系まであるとは知りませんでした。
本日金丸珍来さんに行ってきました。
どちらも店主さんが高齢化していて今後いつまで存続できるのか気になります。

glucose | 2020年6月2日 13:01

どもです!
ご主人がしっかり50年ごろと答えてくれたんですね。
商標になる前に独立した珍来グループの一端たる馬喰町系。
東京の地名なのにおそらく最東とか感慨深い。
珍来の仰々しさが無くて味がありそうですね。
ご主人も自分のルーツを見出してくれるお客さんがいて嬉しかったことでしょう。

さぴお | 2020年6月2日 16:46

こんにちは😃

珍来らしからぬ店と暖簾。
どの系統もですが、そもそも珍栄会みたいな
組織にも属さない独立店でも、珍来(來)の屋号には
拘るところが、秘密結社チンライの凄いところですね。

としくん | 2020年6月2日 18:31

こんばんは
系なんて読んでるのは最近のラオタな人達で、各自一生懸命頑張ってるんですね。
自分の出自をしっかり言える。
大切な事ですよね。

あらチャン(おにぎり兄) | 2020年6月2日 21:03

こんばんは。
馬喰町にあるのならと思ったらもう閉店してましたか。
ひょっとしたら仙台の珍来もどこかとつながりがあるのかな~
今度行ったら聞いてみます。

kamepi- | 2020年6月2日 21:14

こんにちは。

こちらも気になっていました。
また独特の流れをもつお店なのですね。
この系列は現存店舗も少なく、貴重な存在ですね。

ももも | 2020年6月2日 21:33

こんばんは❗
これだけ色々な系列だと楽しめますね😊
最近はRAMENOIDさんはタンメンレビュー過多になって体には野菜多めでいいですよね👌

川崎のタッツー | 2020年6月2日 21:51

こんばんは。
神栖市って行ったことないですが、鹿島港のほうなんですね!そして、珍来には馬喰町系なんていうのもあるんですね!珍来の系譜や歴史をすべてまとめたらいい本が出せそうです(笑)

poti | 2020年6月2日 23:20

おはようございます。

チンライ関連とは分からない外観ですね。
馬喰町の話しが出て御店主も驚かれた事でしょう。

おゆ | 2020年6月3日 08:04

続いてどうも~!

「馬喰町系」のやり取りした店主サンも嬉しかったんじゃないでしょうか?
餃子の焼き具合も良い感じですね~♪

バスの運転手 | 2020年6月4日 00:58