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(4月3日訪問)久が原駅前の踏切を南に行こうとすると、左手方向に商店街が分かれているのに気がつく。正式な名前は「久が原栄会」というらしいが、通称は「ゆうやけ通り」とのこと。なるほど、道の方向からして、夕方に歩けば一段と趣のある景色に出会えるのだろう。残念ながら、ここも他の例に違わず寂びれてしまった様子が見て取れる。こちらのお店は、この商店街で唯一のラーメン屋さんかもしれない。引き戸を開けて入店すると、店の奥に座って入口頭上のテレビを見ていた大将と女将さんが、ちょっとびっくりした様子で「いらっしゃい」と迎えてくれた。お二方とも、お年を召しておられるようだが、とても元気のあるいい声だった。店内先客はナシ、テレビは高校野球、(日大三高が先制した時刻でしたw)いい昼飯だ。壁に貼られたメニューを物色する。オススメ品なのだろうか、短冊状の紙に添え書き付きで掲示したものもある。ラーメンライスには、なになに...「昔の支那そばの味ほんとうにおいしいよ」自分はこういうのにめっぽう弱い。即決である。ラーメンライスこそ、昭和の王道メニューに違いない。しかし、自分がそれを注文したのは、今日が人生初かもしれないw店内の様子は、いかにも昔からある町のラーメン屋さんという感じで、多少年期は入っているものの、それなりに行届いているようで、清潔感があった。大将と女将で元気に頑張っておられる日頃の様子が目に浮かぶようだ。さほど時間をおかず、目の前に届けられたラーメンと丼一杯のごはん、三種盛の漬物。実によい眺めである。意味もなく頬が緩む。さて、ラーメン。見た目は正に昔の支那そばである。然程色は濃くない、しかし透明感のある、油の浮いた醤油スープ。やや細めのメンマに、海苔が一枚。大分薄く切られたチャーシュー。漂うスープの香りにハッとした。思わず竹製のレンゲ(お玉ですか?これは)で一口啜る。旨い!しかも...縮れのない色白の麺を啜る。ああ、やっぱり...今日、偶然見付けたこのお店でラーメンを食べて、本当によかった。(つまらない個人的なハナシなので、文末の蛇足に理由を書きました)自分の超個人的な評価では、90点代の点数を付けたい一杯だったが、あくまで客観的、相対的に評価して、79点とした。*******************************************************************<蛇足>もともと自分は、新潟県の片田舎の町で生まれ育ちました。小学生の頃、たまに母親に連れられて入った市内のラーメン屋さんの「中華そば」こそが、以後の自分にとっての鉄板ベストワンの味なのです。孵ったばかりのヒヨコが、初めて見たものを親と認識する、それと同類の話だと思います。鶏と豚のガラに野菜といった、昔のセオリーどおりに取った、醤油味のスープ。カンスイ臭のキツい自家製麺。具はチャーシューにメンマくらいの実にシンプル極まりないその一杯が、自分にとっての絶対的「旨いラーメン」でした。やがて何となく時は過ぎて、店の人も代替わりしたことで次第に店から足は遠退きました。高校生になった頃、思い出したように久しぶりに食べに行った時には、もう別のラーメンといってもいいくらいの変わりようでした。もうあの時の食べたラーメンは、食べられないのかな...とかく好い思い出は、時が経つにつれてドンドン美しくなっていくものです。時にそれは、現実の姿とはかけ離れたものになってしまうことも珍しくありません。そう、ここまではよくある話で、「昔はよかった」という繰り言で終わる話でした。ところが、なのです...東京で暮らすようになって十何年も経った頃、実家の兄貴に市内のある店でラーメンを食べてみろと言われ、帰省の折にそこでラーメンを食べました。このお店も、相当古くからあった店でしたが、その場所のためか一度も入ったことのない店でした。その時、一口食べるまでもなく、丼から立ち上るその香りを嗅いだときに、自分は幽霊に出会ってしまったのです。その味、その一杯は、忘れかけていたあの「中華そば」そのものだったのです。なんということでしょう...それからは、毎年実家に帰省する度に、幽霊との逢瀬を重ねてきました。しかし、悲報は容赦なくやってくるものです。今から約10年前、突然その店は、店を畳んでしまったのでした。大昔、単に昔は旨かったラーメンの味を無い物ねだりで追い求めるような話だったら、諦めがついたことだったでしょう。でも、幽霊と出会ってしまったことから、そうはいかなくなってしまったのです。それから、あちこちの東京の古くからあるお店を訪ね歩くようになりました。とにかく、古そうな「支那そば」といったキーワードを追い求めて...でも、今に至るまであの幽霊に再会はできていません。東京の「支那そば」と、新潟の「中華そば」は別物だったのかと、半ば諦めかけていたところでした。思いがけず今日地元大田区で出会った正楽のその一杯、75%の肉薄でした。とても、とても、嬉しかったのです。再確認のための再訪、近いうちに確実でしょう!
こんばんは! 惜しい一杯だったみたいですね! 思い出の味巡り楽しいですよね。 久が原ですか~懐かしい味に一度触れてみたいですね。
さん、コメントありがとうございます。 >惜しい一杯だったみたいですね! 今まで食べた中では一番グッとくる味でした。 >思い出の味巡り楽しいですよね。 はい。それが自分のラーメン食べ歩きの動機だったりします。 >久が原ですか~懐かしい味に一度触れてみたいですね。 懐かしい味は人それぞれですね。さんの懐かしい味はどんな一杯でしょう?
久が原駅前の踏切を南に行こうとすると、左手方向に商店街が分かれているのに気がつく。
正式な名前は「久が原栄会」というらしいが、通称は「ゆうやけ通り」とのこと。
なるほど、道の方向からして、夕方に歩けば一段と趣のある景色に出会えるのだろう。
残念ながら、ここも他の例に違わず寂びれてしまった様子が見て取れる。
こちらのお店は、この商店街で唯一のラーメン屋さんかもしれない。
引き戸を開けて入店すると、店の奥に座って入口頭上のテレビを見ていた大将と女将さんが、
ちょっとびっくりした様子で「いらっしゃい」と迎えてくれた。
お二方とも、お年を召しておられるようだが、とても元気のあるいい声だった。
店内先客はナシ、テレビは高校野球、(日大三高が先制した時刻でしたw)いい昼飯だ。
壁に貼られたメニューを物色する。
オススメ品なのだろうか、短冊状の紙に添え書き付きで掲示したものもある。
ラーメンライスには、なになに...「昔の支那そばの味ほんとうにおいしいよ」
自分はこういうのにめっぽう弱い。即決である。
ラーメンライスこそ、昭和の王道メニューに違いない。
しかし、自分がそれを注文したのは、今日が人生初かもしれないw
店内の様子は、いかにも昔からある町のラーメン屋さんという感じで、
多少年期は入っているものの、それなりに行届いているようで、清潔感があった。
大将と女将で元気に頑張っておられる日頃の様子が目に浮かぶようだ。
さほど時間をおかず、目の前に届けられたラーメンと丼一杯のごはん、三種盛の漬物。
実によい眺めである。意味もなく頬が緩む。
さて、ラーメン。見た目は正に昔の支那そばである。
然程色は濃くない、しかし透明感のある、油の浮いた醤油スープ。
やや細めのメンマに、海苔が一枚。
大分薄く切られたチャーシュー。
漂うスープの香りにハッとした。
思わず竹製のレンゲ(お玉ですか?これは)で一口啜る。
旨い!しかも...
縮れのない色白の麺を啜る。
ああ、やっぱり...
今日、偶然見付けたこのお店でラーメンを食べて、本当によかった。
(つまらない個人的なハナシなので、文末の蛇足に理由を書きました)
自分の超個人的な評価では、90点代の点数を付けたい一杯だったが、
あくまで客観的、相対的に評価して、79点とした。
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<蛇足>
もともと自分は、新潟県の片田舎の町で生まれ育ちました。
小学生の頃、たまに母親に連れられて入った市内のラーメン屋さんの「中華そば」こそが、
以後の自分にとっての鉄板ベストワンの味なのです。
孵ったばかりのヒヨコが、初めて見たものを親と認識する、それと同類の話だと思います。
鶏と豚のガラに野菜といった、昔のセオリーどおりに取った、醤油味のスープ。
カンスイ臭のキツい自家製麺。
具はチャーシューにメンマくらいの実にシンプル極まりないその一杯が、
自分にとっての絶対的「旨いラーメン」でした。
やがて何となく時は過ぎて、店の人も代替わりしたことで次第に店から足は遠退きました。
高校生になった頃、思い出したように久しぶりに食べに行った時には、
もう別のラーメンといってもいいくらいの変わりようでした。
もうあの時の食べたラーメンは、食べられないのかな...
とかく好い思い出は、時が経つにつれてドンドン美しくなっていくものです。
時にそれは、現実の姿とはかけ離れたものになってしまうことも珍しくありません。
そう、ここまではよくある話で、「昔はよかった」という繰り言で終わる話でした。
ところが、なのです...
東京で暮らすようになって十何年も経った頃、実家の兄貴に市内のある店でラーメンを食べてみろと言われ、
帰省の折にそこでラーメンを食べました。
このお店も、相当古くからあった店でしたが、その場所のためか一度も入ったことのない店でした。
その時、一口食べるまでもなく、丼から立ち上るその香りを嗅いだときに、
自分は幽霊に出会ってしまったのです。
その味、その一杯は、忘れかけていたあの「中華そば」そのものだったのです。
なんということでしょう...
それからは、毎年実家に帰省する度に、幽霊との逢瀬を重ねてきました。
しかし、悲報は容赦なくやってくるものです。
今から約10年前、突然その店は、店を畳んでしまったのでした。
大昔、単に昔は旨かったラーメンの味を無い物ねだりで追い求めるような話だったら、
諦めがついたことだったでしょう。
でも、幽霊と出会ってしまったことから、そうはいかなくなってしまったのです。
それから、あちこちの東京の古くからあるお店を訪ね歩くようになりました。
とにかく、古そうな「支那そば」といったキーワードを追い求めて...
でも、今に至るまであの幽霊に再会はできていません。
東京の「支那そば」と、新潟の「中華そば」は別物だったのかと、半ば諦めかけていたところでした。
思いがけず今日地元大田区で出会った正楽のその一杯、75%の肉薄でした。
とても、とても、嬉しかったのです。
再確認のための再訪、近いうちに確実でしょう!