コメント
どもです!
最近、私のエリアでも
クラシカルな一杯を提供するお店が
少なくなってきており非常にさびしい思いです。
末永く続いて欲しいですね。
YMK | 2011年10月13日 11:17こんにちは
先日私もお蕎麦屋さんで食べた中華そばが頭にこびりついて離れません
美味しいラーメンとそうでは無いもの、旨いラーメンと好きなラーメン
いずれに中毒性があるのでしょうw
B級グルメ | 2011年10月13日 13:28>『そうだよ、昔ながらの』
いいですね。
こだわり、なのか、新しい味に興味がないのか。
それでも「食堂」でラーメン類が食べられる日は
いずれなくなっちゃうんでしょうか。
それと。『そうだよ、昔ながらの』と仰る
店主さんたちが、20年後、どのくらい残っているんでしょうかね。
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華 | 2011年10月13日 14:50KMさん、こんにちわ。
自分が幼少の頃、高砂の親戚の
おばちゃんのお家に遊びに行くと、
決まってお昼は出前を取っていました。
その中華食堂の出前のチャーシューメンが大好物でした。
親によく、「高砂のおばちゃんのお家に行ったら
またチャーシューメンね」と言ってました。
多分、その時に感じた想い出の味は
今、現在、自分がたくさん頂いている多くの美味しい
ラーメンの味では抜けないものだと思います。
想い出だったり、記憶だったり、そういった
ものが加味された味わいには優るものはない。
なんとなくレビュを拝見していたら
無性にその時の名前も覚えていない中華食堂の
チャーシューメンが食べたくなりました(笑)
つくし野ラーメン隊1号 | 2011年10月13日 16:14◆YMKさん
コメントありがとうございます。
今のラーメンの基礎になっている、支那そば。
とても懐かしいです。
ただ、全国の99%はまだ、こういうラーメンが基礎になって
いるのではないでしょうか。
それなりに進化している醤油ラーメンも増えてきているので、
少し安心します。
◆B級グルメさん
コメントありがとうございます。
蕎麦屋の中華そば。いいですね。大好きです。
昔は蕎麦屋で食べることも多かったです。
あと、何と言っても蕎麦屋の2階・・・オット違ったか。
蕎麦屋のカレーです。
旨いラーメンと好きなラーメン。
いい表現ですね。
旨いラーメンは、それで満足して2回行っていないこともあります。
年中食べたいのは、好きなラーメンですね。
KM | 2011年10月14日 12:15◆純!しおのヲタクのぶるじっちゃん・・さん
いつもコメントありがとうございます。
やはり今風のラーメンは旨いです。
町の中心部では、新しいラーメン屋さんが繁盛してます。
小さい食堂には若い人が入らなくなりましたね。
出る数が減ると毎日スープを準備できませんね。
冷凍して使う手もあるのですが。
結局毎日安定してスープが準備できる、大きい店が
旨いラーメンを作ることができるようです。
厳しい世界です。
なくなる前にレポートしていくつもりです。
◆つくし野ラーメン隊1号さん
コメントありがとうございます。
昔、出前でよく食べましたね。
チャーシューメンは高いので、遠慮してました(笑)。
味は単純ではないですね。
口で感じると思っている旨ささえ、脳で感じています。
味覚だけの味には空しさが伴います。
書く事もなくなります。
やはり心が関係するようです。
KM | 2011年10月14日 13:09こんにちは。
最近は町田のレビューが多いですね~!
店の人との会話も良い調味料です。
pvs aka duff | 2011年10月14日 20:295656です。こんばんは。
KMさんのレビ、感じたことが的確に表現されていて楽しいですね。
確かにこういう類のお店は絶滅危惧種化しつつあり貴重になってきました。
あっさり好きとしては応援して行きたいです。
5656 (活動超停滞中) | 2011年10月14日 23:44KMさま おはようございます。
食堂のラーメン、いいですね!
>驚くほど美味いものではないものを、日本一美味いと言ったりするのは爽快ではないだろうか。
こういうのも、大好きです。
偏屈と言うより、個性的と思えます。
子供の頃、小さな石ころ等に価値を見出すことがありますが、それに通じるところがあるのかもしれません。
お店を続けるのは大変かもしれませんが、残っていて欲しいですね。
◆pvs aka duff さん
コメントありがとうございます。
そうなんです。
体調の問題で、近くにしてます。
あと、地元を大事にして、良く知りたいということでは
ないでしょうか。
暫く町田が多いと思います。
◆5656さん
コメントありがとうございます。
読んでいただけて、ありがとうございます。
RDBは自分のサイトを作るより気楽でいいですね。
マイペースで書けますし、維持管理も楽です。
昔を知っていると、どうしてもラーメンの原型を残したい
という気持ちになります。
あっさりしているのがいいのですね。
KM | 2011年10月15日 11:14◆buriburiさん
コメントありがとうございます。
古い食堂、いいですね。
価格が高くないところを選んで訪問するといいですね。
そういうところには、必ずオバチャンがいるのですね。
それで居心地が良くなります。
テーブルでゆっくり一人で居られるのが魅力です。
TVなんか見ながら。
好みを排除できないのですが、ここに個性がほしいです。
人と同じでは面白くないです。
まさに小さな石ころや綺麗な植物の実を拾ってきたのと
同じです。
大事なのは好奇心や興味なんですね。
KM | 2011年10月15日 11:22実にしみじみしたレビューで、こちらの心もほぐれていくようです。
汁そば、支那そば、煮干しそば、鶏そばなど、ごっちゃに考えてたアタクシですが、中華食堂の世界というのも大変共感するところがあります! 関西だと、昔ながらの中華食堂となると、チャンポン麺とか、五目そばになるのですが(笑)。
>『ご馳走様、とても懐かしく、おいしかったです』と言うと、
>オバチャンが喜んでくれた。
>そう言ってもらうのが一番うれしいそうだ。
=>このフレーズが一番好きです。これに反して、なんだか自分のレビがチャラついてみえます。
とまそん@ラーメン食べて詠います | 2011年10月17日 15:01◆とまそんさん
コメントありがとうございます。
読んでいただいて、ありがとうございます。
支那そば自身には、あまり統一した定義は見つからないのですが、
古い言い方です。幼少のころそう呼んでいた程度のことです。
メンマも支那竹でした。
謙遜する必要はないですよ。
自分の言葉で、しゃべる時のように書ければ、と思っているだけです。
それでいいのではないでしょうか。
KM | 2011年10月18日 17:35
KM
hori
ひぐま








~食堂のラーメンシリーズ~
◆支那そばを求めて(創業32年の店)
ヒメアカタテハが目立つ季節:
http://photozou.jp/photo/photo_only/286324/103494576?size=800
『支那』という言葉は、差別用語かもしれない。
ただ、今回はそういう意味では使っていないので、ご容赦願いたい。チャイナという意味。
以前、中華食堂は横浜に一番沢山あるようだ、と言う事を書いた。
それこそ、どこにでもあり、けして寂れていない。
さすが横浜だ。
ところが、町田では非常に少なくなってきている。
駅周辺は、皆新しい今風の店に押されている。
渋谷に近いという人もいる位だ。
町田に住んで30年になる。
その間ほとんど、積極的に食堂を探訪していない。
どうしても、味噌ラーメンや、豚骨ラーメン、東京醤油スープラーメン、家系、ケシカラン系、新作・創作ラーメン、ローカルなラーメンに気が向いていたのだと思う。
一方、普通のラーメン、中華そば、支那そばの味に期待していなかったのも事実だ。なんとも情けない話だが、興味が沸かなかった
のだ。
味についてまだまだ修行が足りなかった。
子育て中は特に子供の好む店が中心だったので、御無沙汰していた。
美味いラーメンが増えたなか、逆に驚くほどは美味くはない、支那そばの魅力に気付き始めている。
そして、どの店も後継者問題に直面している。
都内もそうだが、老舗が凄い勢いで閉店しているのだ。
先日町田駅から、森野方面に向って車で通った際、この店の前を
通過した。
そうだ、この店があったな。
この店、自分が町田に住み始めた時にはすでにあった。
外観から、元気が感じられる。
直感が働く。
これは・・・行かねば・・・と密かに思った。
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2011/10/3、14:00に店の前に立つ。
店に向う途上、心配なことがあり、気になっていた。
このような町のはずれの店が、毎日スープを炊いてやっていけるのだろうか?
ラーメンもそれほど十分な数が出ないのではないか?
期待感と心配が同時に押し寄せてくる。
落ち着いて店外写真を撮る。
http://photozou.jp/photo/photo_only/286324/103494530?size=800
http://photozou.jp/photo/photo_only/286324/103494542?size=800
http://photozou.jp/photo/photo_only/286324/103494538?size=800
扉を開ける。
やはり自分一人のようだ。
店内には丁度ご主人が立たれていた。
『どこでもいいですか?』と、一番奥の席へ。
分かってはいるが、
『ラーメンは普通の醤油ですよね?』
『そうだよ、昔ながらの』
『ラーメン一つお願いします』
『自分も最近の豚骨は食べられないんだ。やっぱり、こういうのがいいね。支那そばっていうやつ』
実際、ラーメン屋のご主人に聞くと、支那そばが好きだと言う人が多い。
閉店した一汁一菜のご主人もそうだった。
魚系を使わない系統のクラッシクなやつ。
待つ間、店内を眺める。
元気の有る貼紙には、味の良さでもっている雰囲気が出ている。
昔の食堂並みの勢いを感じさせる。
http://photozou.jp/photo/photo_only/286324/103494548?size=800
http://photozou.jp/photo/photo_only/286324/103494555?size=800
お盆に乗せられて、ラーメンが届けられた。
おお・・・いい姿をしている。
シンプル。
チャーシューと支那竹があればそれでいい。
http://photozou.jp/photo/photo_only/286324/103494565
スープを恐る恐る飲んでみる。
リッパな豚と鶏がらのスープだ。
やや豚骨が強めの動物感のするもの。
ラーメンは動物感がないとラーメンにならない。
魚が入らないものを好む人も多い。
肉系の旨味も、強くはないがしっかり感じられる。
おそらくチャーシューの煮汁使用だと思う。
これも基本中の基本。
イノシン酸の旨味で食べさせるものでない醤油ラーメン。
支那そばとは、もともとそういうものだった気がする。
イノシン酸の旨味は、蕎麦の世界だった。
今風はイノシン酸が主流だが。
醤油の尖りはない。
少しの味の素感。これがなんとも懐かしい。
幼少の頃はまだ戦後間もない頃だった。
この時期には味の素が普及していて、何にでも使われていた。
味の素も元は天然素材を使って加工しているはず。
おおきな問題とすべきではない。
麺は細めの微縮れ麺。
加水は中くらい。
やや柔らかいかもしれないが、これがスタンダード。
昔はこの位の加水率のものだったかもしれない。
多加水の麺もあったのだろうが、札幌味噌ラーメンの普及
から地位を確立してきた気がする。
麺硬めは最近まで存在していなかった。
随分前の話だが、一汁一菜で麺硬めと言ったのは、自分が始めて
ではないだろうか。
最初は勇気がいる言動だった。
そういう概念すらなかった時期である。
それが、家系の発展につれて、麺かため、普及してきたようだ。
この加水やや低めの麺、中華街の麺の平均に近い加水具合なのだろうか。
中華麺、中国の麺はもともと加水は高くない。
スープを吸わせるためである。いわゆる汁そば。
ソープの味付けもそれに合わせて、塩味は抑え気味といったところだろうか。
チャーシューはしっかりした肉感を残している。
ここには期待通りの支那そばがあった。
190円(5個)の餃子も魅力的。
週末はこういうところでゆっくり時間を過ごしたいものだ。
好きなだけ居られるテーブルがあれば、それで良い。
『ご馳走様、とても懐かしく、おいしかったです』と言うと、
オバチャンが喜んでくれた。
そう言ってもらうのが一番うれしいそうだ。
懐かしい時代の話に花が咲いた。
・・・実はこの最後の会話こそが、自分が求める味に関係すると思った・・・・。
他にも面白いメニューが沢山ある。
定食、焼きそば、オムライス、どんぶりに入ったカレー、調理麺、蕎麦・・
十分昭和を堪能できそうだ。
ご近所の方達を満足させる、元気な食堂である。
基本的にマニアックなので、追随は良く考えてからがいいだろう。
昭和の食堂に興味のある人にのみの、おススメ。
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支那そばの魅力はどこにあるのだろうか。
誰が食べても同じように評価の高い、美味いラーメンが主流になってきた。
こういうのを逆に普通のラーメンという時代がきている気がする。
特に町田駅周辺はそうだ。
偏屈なKMには美味いラーメンを美味いというのは普通過ぎる。
RDBに参加しても、しなくてもいいのではないかと、考えてしまう。
支那そばを美味いという人は、すでに普通ではなくなってきたようだ。
昔ながら、とか普通のラーメンと言われる。
驚くほど美味いものではないものを、日本一美味いと言ったりするのは爽快ではないだろうか。
ラーメンは、結局個人の美学や、世界観に通じるものがある。
味は奥が深い。
醤油、葱、小麦。
そういうもの一つ一つは、本来美味いものだと思いたい。
人間、驚くほど美味くはないものに、魅力を感じることもあるではないだろうか。
それを普通というのは、いかにも普通過ぎてツマラン気がする。
心で味わう味を求めるのには、無理があるのであろうか。
Foolishな隠居の話である。
点数は末広がりの八八。特に意味無し。