レビューやランキングで探す、日本全国ラーメン情報
2015年12月28日17時50分頃初訪問。5人ほど並んでいた列に並びます。すると、後ろからダンディなおじさまが私に、ここが列の最後尾かお尋ねになりました。私がここのお店は食券を買ってから並ぶシステムであることを教えて差し上げましたら、その数分後偶然その方と私は席をお隣でご一緒することになりました。すると、そのおじさまは親切なことに私の分までほうじ茶をついでくださったのです。私はその方の人徳者ぶりに感銘を受けました。それと同時に、自分の照れ屋でなかなか人と仲良くできない、気を回せない性格を恥ずかしく感じもしました。それから数分、本当にほんの数分のうちに、先に私の注文が用意され、そのすぐ後に隣のダンディなおじさまの海苔増し柳麺が用意されました。しかし、私はあろうことか、私の目の前にあっておじさまからは少しとりにくい位置にあった割り箸とレンゲを、そのおじさまに差し出すという気遣いができませんでした。私は自分が恥ずかしいと感じました。少しの後悔、恥じらいが入り交じる中で頂いた和風柚子柳麺は、しっとりと私の心を慰めるように私の中に染み渡っていきました。まるでにゅうめんとお吸い物の様な、雅で、日本人の心そのものであるかのような至極の一杯。素朴さ、簡素さの中に、無限の精神的な豊かさと研ぎ澄まされた禅の美学を感じます。ひとすすりごとに、心洗われていく気分。箸を置いてごちそうさま。と告げると、黙々と麺を作っていた老齢の店主さんがふと顔をあげ、これ以上ないといった笑顔でありがとうございます、と言ってくださいました。店主さんのこの人柄があってこそ、心穏やかなお客さんが集います。そして、もしできることなら、またもう一度あのダンディなおじさまにあって、失礼を詫び、今度はもう少し自然に会話がしたいなぁ、と思いました。
あなた様の丁寧なお言葉遣いに感動。心理描写に共感。わたくしも、ここのラーメンを食べて癒されたくなりました。
>きゅんた様 コメントを頂きまして、ありがとうございます。 いえいえ、大変お恥ずかしいのですがこんな言葉遣いなのはこのレビューだけなのです。しかし、やはりここのお店の雰囲気やラーメンには、人の心を清めてくれる、そんな働きがあるように思うのです。きゅんた様も、もし機会があれば召し上がってください。
5人ほど並んでいた列に並びます。
すると、後ろからダンディなおじさまが私に、ここが列の最後尾かお尋ねになりました。私がここのお店は食券を買ってから並ぶシステムであることを教えて差し上げましたら、その数分後偶然その方と私は席をお隣でご一緒することになりました。すると、そのおじさまは親切なことに私の分までほうじ茶をついでくださったのです。私はその方の人徳者ぶりに感銘を受けました。それと同時に、自分の照れ屋でなかなか人と仲良くできない、気を回せない性格を恥ずかしく感じもしました。
それから数分、本当にほんの数分のうちに、先に私の注文が用意され、そのすぐ後に隣のダンディなおじさまの海苔増し柳麺が用意されました。しかし、私はあろうことか、私の目の前にあっておじさまからは少しとりにくい位置にあった割り箸とレンゲを、そのおじさまに差し出すという気遣いができませんでした。私は自分が恥ずかしいと感じました。
少しの後悔、恥じらいが入り交じる中で頂いた和風柚子柳麺は、しっとりと私の心を慰めるように私の中に染み渡っていきました。まるでにゅうめんとお吸い物の様な、雅で、日本人の心そのものであるかのような至極の一杯。素朴さ、簡素さの中に、無限の精神的な豊かさと研ぎ澄まされた禅の美学を感じます。ひとすすりごとに、心洗われていく気分。
箸を置いてごちそうさま。と告げると、黙々と麺を作っていた老齢の店主さんがふと顔をあげ、これ以上ないといった笑顔でありがとうございます、と言ってくださいました。店主さんのこの人柄があってこそ、心穏やかなお客さんが集います。そして、もしできることなら、またもう一度あのダンディなおじさまにあって、失礼を詫び、今度はもう少し自然に会話がしたいなぁ、と思いました。