なんとかデータベースラーメンカレーチャーハンぎょうざうどんそば
 
2022年4月25日の大崎裕史の今日の一杯

東京都新宿区四谷三丁目

悪魔

元祖一条流がんこラーメン総本家【家元最後の日:2022年4月24日】
いつかこの日が来るとは知ってはいても、とうとうやってきてしまった。
これまでのようにまたどこかで新店を立ち上げたりしないだろうか?
とは思いつつも、どうやら今回は“本当”に最後のようだ。
行列の先頭は午前1時頃だとか。(ということは、先頭は8時間待ち)
午前5時ですでに大行列。(このあたりで4時間以上の待ち)
開店時間の9時には100人以上の並びだったとか。
(4〜5時間待ち?)
みなさんどこで知ったのやら。
私も行く気満々でスケジュールにはそのように書いてあったのだが、諸事情で残念ながら行けず終い。
「覆麺」(神保町)でマスクを脱ぐ日には立ち会えたが、今回は無念の涙。

事前に家元から直接聞いた話。
・今回で本当に引退
・札幌に帰る(札幌でもラーメンはやらない)
・相模原の弟さんの店「元祖一条流がんこ 総本家分店」が総本家になる。
・四谷三丁目店は現・店長の後藤さん(元がんこ目黒店の店主)が継ぎ、「一条流がんこ総本家分家荒木町」になる。
・後藤さんと一緒にやっている小池さんは、いずれ故郷の静岡に戻り「がんこ」をオープン。

写真は4月13日に行ったときのもの。
私自身はこの日が家元が作る「悪魔」(というメニュー名:1100円)を食べる最後の日になった。
旨味が詰まったうまじょっぱいラーメン。西早稲田時代に一日3回食べたこともあった。
しょっぱくてもはまってしまって抜けられないから「悪魔」と名付けられた禁断のメニュー。
家元が作った「悪魔」はもう食べられないけど、そのDNAはここ「荒木町」でも、そしていろんなところで受け継がれている。『がんこラーメンは不滅です!』
1983年代から2022年まで、約39年間。確実に“一条安雪”=家元は存在した。ラーメン好きに、そしてラーメン界に大きな影響を与えてくれた。

長い間、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。
がんこラーメンよ、そして一条安雪氏よ、永遠なれ。

大崎裕史
大崎裕史

(株)ラーメンデータバンク取締役会長。日本ラーメン協会発起人の一人。東京ラーメンフェスタ実行委員長。1959年、ラーメンの地、会津生まれ。広告代理店勤務時代の1995年にラーメン情報サイト「東京のラーメン屋さん」を開設。2005年に株式会社ラーメンデータバンクを設立。2011年に取締役会長に就任。「自称日本一ラーメンを食べた男」(2024年6月末現在約14,000軒、約29,000杯実食)として雑誌やテレビに多数出演。著書に「無敵のラーメン論」(講談社新書)「日本ラーメン秘史」(日本経済新聞出版社)がある。