二番手で入店すると、券売機でビールと中華そばを発券してカウンターに腰を下ろす。前回は品切れだった「チャーシューちょい増し」があるか店主さんに尋ねると、快く返事をしてくれたので追加をした。思えば約半年ぶりとなる店内は、相変わらず中年ゴゴロをくすぐってくれる雰囲気だ。注文した瓶ビールが届いてグラスにビールを注ごうとした時に店内に流れるBGMが、マッチの「ケジメなさい」に変わった時には有線放送の悪意を感じてしまった。ケジメようとは思っていても、ここに来ると歯止めが効かなくなるのである。そんな居心地感 MAX の店内を四度目の来店で初めて、ご主人以外の方が手伝われていた。去年はお母様がお手伝されていたのは知ってはいたが、お会いした事はなく初めてのツーオぺ体制だ。もちろん調理工程の全ては店主さんが担うのでラーメンには影響する事はないがビールを運んでくれる女性スタッフには初々しさがあり、昭和の家族経営の居酒屋を思い起こさせ味わい深い。
少し前の訪問なので話は前後しているが、先ほどの東久留米でのラーメンが非常に残念で悲しい思いのままに駅前まで戻ってきた。大きな虚無感に包まれながら帰路につこうと思ったが、どうにも釈然といかない。そんな時にふと思った。
「ラーメンで傷付いた気持ちならば、ラーメンで癒せば良いではないか」
そんな風に考えた瞬間に思い出したラーメン店が同沿線にあるこちらだった。
私の中では昨年に出会ったラーメンの中でもトップランクに値する店なのだが、思い返せば半年近くも足が遠のいているのだ。当初から人気店ではあったが、某ラーメン誌の部門賞を獲得してからは更に人気に拍車がかかり行列必至の人気店となっていた。しかし現在は西武池袋線の駅にいる事もあり、安定した安らぎを求めて夜の部での再訪を決めた。
18時開店とは知っているが、東久留米での用もないので早めに最寄りの富士見台駅に向かった。駅のそばの本屋で探していた本を購入して開店までの三時間をベンチで読書して過ごしていると、あっという間に定刻の10分前になっていた。小説も佳境に差し掛かっていたが、慌てて店へと向かって歩いた。令和の祝福ムードに湧くふじみ銀座を行くと、すでに一人の並びが出来ており続いて番手を取った。
G.W.休暇も予想してきたが、店内からは煮干しの香りが漂ってくるし行列もあるならば定休日ではないと安心して開店を待った。定刻になると、ご主人がオープン当時よりは少し味わいの出てきた白地に中華そばの暖簾を掛けてオープンとなった。その時に見えた店主さんの膝のサポーターが、ラーメン作りの全てが重労働である事を物語っているように感じて体調が心配になった。
二番手で入店すると、券売機でビールと中華そばを発券してカウンターに腰を下ろす。前回は品切れだった「チャーシューちょい増し」があるか店主さんに尋ねると、快く返事をしてくれたので追加をした。思えば約半年ぶりとなる店内は、相変わらず中年ゴゴロをくすぐってくれる雰囲気だ。注文した瓶ビールが届いてグラスにビールを注ごうとした時に店内に流れるBGMが、マッチの「ケジメなさい」に変わった時には有線放送の悪意を感じてしまった。ケジメようとは思っていても、ここに来ると歯止めが効かなくなるのである。そんな居心地感 MAX の店内を四度目の来店で初めて、ご主人以外の方が手伝われていた。去年はお母様がお手伝されていたのは知ってはいたが、お会いした事はなく初めてのツーオぺ体制だ。もちろん調理工程の全ては店主さんが担うのでラーメンには影響する事はないがビールを運んでくれる女性スタッフには初々しさがあり、昭和の家族経営の居酒屋を思い起こさせ味わい深い。
令和を迎えたにも関わらず昭和テイスト満載の心地よい雰囲気の中で待っていると、着席して5分で我が杯が到着した。その姿はラーメン鉢としては珍しい青磁の切立丼の中で派手さはないが、作り手であるご主人の実直な姿を映し出しているように見える。全ての仕事に拘りが無くては作り出せないラーメンに見とれながらレンゲを手にした。
まずは透明感のあるスープをひとくち。射し込んだレンゲに揺られて立ち昇った香りには、半年ぶりのせいもあるかとは思ったが以前よりも煮干感を主張している。それは焼干しのような香ばしい風味が主導する事で生まれていると感じた。味として確かめたいと思いスープを飲んでみるとベースの煮干出汁ではなく、表層の香味油から強く感じた香りだった。それは煮干オイルと思われる香ばしさが要因に思える。わずか四度目の来店ではあるが、煮干感をより強く押し出した設定に変えられたのだろうか。元々ニボ耐性が弱いので、軽い苦味を感じる出汁に戸惑ったが許容範囲内ではある。しかしながらそんな私にでも安らぎを与えてくれるスープは煮干し界の優等生のようだ。その上にカエシも非常に温厚で尖った塩気など微塵も感じない性格の良さも出でいる。これだけ心に響くスープには、なかなか出会う事はない。
口の中だけでなく全身に沁み渡ったスープの余韻のままに麺を食べてみる。麺上げまで100秒の自家製平打ちぢれ麺を箸で持ち上げてみると、茹でる直前に軽く手揉みされて命を吹き込まれたかのような細やかな波状が特徴的。透き通ったスープにも負けないような透明感のある麺肌も印象的だ。箸先から伝わる重みからは加水率の高さも想像できる。そんな麺をスープが飛び散ることなど御構い無しに一気に啜ってみると、唇には不規則な周波が刺激となってやって来る。しっかりとハリのある口当たりの後には、口の中を跳ねまわるような躍動感も楽しめる。さらには奥歯の圧力を跳ね返すような弾力のあるコシも魅力のひとつで、私の平打麺ブームの立役者でもある麺のクオリティと安定感には今回も感心させられてしまった。
具材は久しぶりとなるチャーシューちょい増しを手に入れた。たしか前回は某ラーメン誌の受賞直後後だったので、夜の部には売り切れとなっていたのだ。しかし本日は夜の部だけの営業という事もあり、追加できたチャーシューだ。今回は仕込みのロットの違いからだろうか、見た目の色調が異なるチャーシューが交互に盛り付けてあった。部位は豚ウデ肉に違い部分の肩ロースだろうか。調理法は伝統的な吊るし焼き製法で、赤く染まった耳が特徴の広東式叉焼だ。令和になって赤耳焼豚を食べられるラーメン店は数少なくなったが、昭和の時代を代表する焼豚と言えばこのタイプの焼豚だった気がする。そんな現代では希少な焼豚の味わいは、豚肉本来の赤身の肉質を活かしながら蜜ダレで甘みを加えて、吊るし焼きによる香ばしさも重ねてある。またその吊るし焼きの釜も、悪役プロレスラーの必須アイテムである一斗缶で手作りされている所にも味わいを感じる。購入すればウン十万円はする焼き釜にも、全く引けを取らない手作り釜だ。
何気なく添えてあるメンマにも手仕事感があふれている。業務用の既製品を使う店が多い中で、完全発酵の乾燥メンマを水で戻すところから手作りされている。その下処理の際に乾燥メンマの特徴でもある発酵臭を取り除き過ぎない加減が素晴らしい。また適度な歯応えを残しながらも繊維質を感じさせない点にも下処理の丁寧さが見られる。その仕事ぶりがメンマ独特の味わいや香り、食感となって表れている。陰ながらの一品にも強いこだわりを感じる。
薬味の白ネギや玉ねぎも当たり前だが繊細に手切りされている。これまた業務用の刻みネギが横行していたり、フードプロセッサーで玉ねぎを刻んでいたりするラーメン店に当たる事があったが論外である。薬味ひとつにも当然のように手仕事が光っている。それによって生まれた薬味の鮮度や舌触りの良さは別次元の仕上がりだ。
中盤からも麺と具材や薬味を組み合わせる事で様々な楽しみ方が出来て、気が付けば夢中で完食完飲していた。少食の私ですら、もっと食べていたいと思ってしまう程のラーメンだった。
先程の東久留米の店主さんのように明るく元気で人当たりが良くサービス精神も旺盛なわけではないが、基本的で適度な接客だが実直にラーメンに向き合っているこちらのご主人の生み出す安定感の方が私にはありがたく安心できる。今回は個人的に煮干し感が少しだけ強かったので前回の評価よりも下げてはいるが、大満足で店を後にした一杯でした。