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KMです。
私は本来リピーターですので、店を数軒に固定します。
自分の居場所ができるのが好きなのです。
食に何を求めるかですね。
そろそろその時期かもしれません。
中華料理で働くご両親、父上の姿が目に浮かびます。
そういう真剣な生き方に触れることができるのも、外食の良さです。
中学の時は駅の箱根そばを、帰りがけに毎日3年間食べてました。
かけそば+ネギ取り放題です。
高校の時はやはり3年間さぬきうどんです。
昆布出汁にはまったのです。
小さい時は圧倒的に蕎麦派でした。当時のラーメンは今より美味くなく、蕎麦の汁の方が美味かったのです。
蕎麦の汁は濃い目で甘いものでした。味醂・鰹風味ですね。
これは江戸の文化です。
蓮爾のたまつけはまさにこの仲間なんです。守っていきたいものです。
素朴な味つけ。『戦後経験』がない人達には分かりにくのでしょうか。
蓮爾の麺の食いごたえを理解するには、多少の貧しかった体験が必要かもしれません。
私には戦後の平和の味がするのです。
KM | 2014年3月2日 10:47ご隠居、こんばんは。 コメありがとうございます。
平和の味、そうですね、今、「ごちそうさま」やってます。
ご隠居もご覧になっているようです。
うちも私以外は、熱心に見ております。
ちょうど今、戦争のせいで、十分に食べられないところをやっているようで、
話がすすむと、戦争が終わり、平和の中で…とうように話が続くのでしょうか。
そういう要素も少しあるかと、まぁ、私の親は戦争世代ですので、
朝の連ドラは、ありえない世界ではないという感があります。
ウクライナで戦争が始まりそうですが、平和に解決しようと何故思わないんでしょうか。
のんきに、二郎を求めて、行脚している方たちは戦争なんてしないでしょうね。
ところで、言葉が足りなくて、どうでもいいことですが。
私の説明で、不足しているところがあります。
私の父は、中華街で働いていました、ジャンルは北京料理です。
その後、ラーメンが中心の街の中華料理屋をやり、
そのあと、2つくらい店を経由して、
銀座のあるお店のチーフになりました。
私は、そこで、バイトをしていました。
…どうでもいい話です、すいません(^^;
職人の親は、結構気難しくて、教育なんてことは言いませんでした。
結構怖くて、あまり気軽に話しかけられませんでした。
一緒に、お酒も飲まないうちに亡くなりました。
中華の料理人は、寿命が短いようです。
あの方の周りは…
さんこまの店主が、父親が漁師?だか、職人だかって、
話をしていたのを聞いたことがあります。
登戸でやっていた頃です。
先に記したことと同じようなことを言ってました。
そういう感覚、通ずるものがあるのかもしれません。
うまいものいっぱい食わしてやるよ。
これが、ハスミのコンセプトですかね。
そう思うと、たまつけの懐かしさも、とても理解できるような気がします。
親が戦争世代なら、そういうDNAが受け継がれているかもしれません。
なんてね(*^^)v、すいません。
この理先輩 | 2014年3月4日 23:43こんにちは!
自分にとっての今ある蓮爾登戸。
それはストレス!定期食かまさないとどうにもモヤモヤしてくる。しかもたちが悪いことに、豚増し+巻きチャーがなくてはいけない。
すでに他の人の蓮爾レポは毒です。今食べたくなるから(泣)
80000 | 2014年3月6日 19:15こんばんは、80000さん、コメありがとうございます。
80000さんの肉祭りに対し、麺祭りをやっています。
巻チャー、朝末の面倒だのなんだのと言って、とーんとご無沙汰です。
となると、私のハスミ愛なんぞ、80000さんには遠く及ばないかなって、
思うこの頃でございます(*^^)v
この理先輩 | 2014年3月6日 22:42
この理先輩
スージーのなのなQ
NoonNoodle

猫のブッキー
田畑 公崇





この店での、私は定点観測。
あとで、自分がみて、ニヤリとするもの、そのための備忘録。
3月になり、暖かくなってきた…そうでもないか。
春眠かどうか、起きるのが遅い、4時台に起きれない。
明るくなるのが早くなってきたので、走るのもよくなってきた。
梅も満開であった。
ジムに行き、走って泳いで、トライアスロンかって位。
お目覚めは遅いが、動き出すと、結構いけるようになってきた。
でも、あすはわからない。
今日は、この店に行きたかった。
雪の日、限定依頼である。
今日も雨といえば、雨、天気が悪いときは、辛いのやってくれてば…と。
おこちゃまたち、テストの時期が続く。
昼飯を買ってきてた関係で、一本後の電車。
お店は、待ち人は無し。
席は空いているが、ローカルルール、後ろで待つ。
と、厨房の方の席に座らされた。
そのあとから、人が来出し、外待ちも出るほどになった。
今回は、あつもりでもしようか、700食おうかとか思ったが、
650のつけ麺となった。
左端に老夫婦、もしや○○さんかとも思ったが(^^;
居眠りしかけた頃に着丼。
そういえば、ジムで風呂に入ってきたので、風呂上がりである。
このロット、つけから出る。
ハスミのつけは、長いことぬるま湯でないとくっついてしまうため、
いつもぬるかった、それが原店主になって、締められるようになった。
お馴染みの凶暴ちゃん。
いまのさんこまの店主の解釈では、ぬるいものなのだろう。
ぬるい温度での旨さがあった。
で、この凶暴ちゃんは冷絞めでもおいしいのである。
冷やすと、よりオーションが硬くなると、
なれない人は、生茹でと思うだろう。
それは、修行が足りないです。
もっとも、こんなところで修行をする必要もないが。
但し、二郎系くらってますぞと風潮しているのなら、
生茹ででまずいなどと、ほざいてはいけない。
若者にはそれを言いたい。
待っているあいだも、噂を聞きつけて、初訪っぽい方。
食べ過ぎて、貯蓄をしている方。
好きな店が、人気があるのはのはうれしいものだ。
今日の野菜は、クタクタで熱々。
汁の脂の箸休めである。
なので、なにもつけないで喰らう。
締めた麺は、なかなか出てきてくれません。
それから、お肉。
最初は、ロース風が出てきました。
すでに、味がしみ込みすぎているのに、
つけ汁で、さらにくどく、しょっぱく。
二重な味付。
麺は、出てきても暴れます。
久しぶりに食いました、うずらはしょっぱくてウメェ!!
がっしり、咀嚼感満載の麺をほおばります。
江戸むらさき、武蔵野うどんに称される汁。
しかし、それだけでない、ハマる理由に気がついた。
小さい頃、そばはあまり好きではなかった。
理由は、汁が美味しくなかったから。
かつお風味に、醤油。
昭和40年代は、いまほど気軽に外食出来る時代ではない。
ラーメン屋なんてそうそういけるもんではない。
でも実は、私が幼稚園のときうちはラーメン屋だったのだ。
というか中華料理。
幼稚園のお弁当、週一でカツ丼だった。
でも、お金持ちではないよ。
自営業は大変で、母が体持たないからという理由で、
父はまた雇われの料理人となった。
ちなみに、お店やらんかと声をかけた人がいたらしい。
話をもどすと、そば、日本そば、汁、時々ついているのがあった。
昔は、即席の汁の方が珍しかったのだ。
昔のそばの汁、ざるそばの汁。
それはそれは甘かったのです。
ほとんど、カネシに砂糖というくらい。
子供からすると、とんでもなく旨いのです。
今のざるそばの汁はそんなに甘くない。
でも、町田の東急、改装まえの日本蕎麦屋は、そういう汁を出していた。
この、たまつけの汁はそんな味がするのです。
とても懐かしい、そうだったのか。
とつまらん謎解きをし。
昔の好物に、今の好物たまねぎが入ります。
最強は、好きなもののコラボ。
さて、お肉、2つ目の塊。
血合いが、というかかなりゴツイ。
食すと、ガリット、筋満載じゃん…
でも、食える。
以前、junpeiで硬すぎて食えないお肉があった。
ここのは、食える。
でも明らかに筋。
筋でもここまで柔らかく。
筋かどうかまでは、気がつかないよな。
貴重な存在というか、点数を少し下げ(^^;
そう簡単には飲み込めない、凶暴ちゃんを、
それでも、ガツガツすすり、汁を舐め回した。
そういう十数分。
食という懸命な生命活動。
生きているという実感。
つまらん哲学的な、自己満足。
ハスミの寒い季節は、今日までかな、私は。
次来るときは、暖かくなり始めているだろう。
ごっさんと。