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平日 晴天 22:45 先客5名 後客8名何故だか夜になると身体が欲してしまうラーメンがある。夜に限らず昼間もだが。気が付くと家とは逆方向の電車に乗っている。別に家に帰りたくない訳ではないが飲んだ後の〆を無意味なラーメンで埋めたくないのが本当の理由だ。22時に神泉でお開きになった。絶好のつつじヶ丘チャンスだ。帰りたがる友人を無理やり誘い井の頭線に乗った。いくら乗換音痴でもさすがに慣れてきた。もはや乗換に便利な車両まで頭に入っている。あと30分後にはあのラーメンが食べられると思うとこの満員電車もへっちゃらだ。どうせ帰りの電車はガラガラなのも知っているから。まずは神泉からで各停で明大前へ。京王線への乗換のエスカレーターの目の前に降りれた。次も大抵の電車ならつつじヶ丘に停車する。まだその辺が実際は曖昧なのだが。あいにく明大前からは各停が先着のようなので素直に乗り換える。結果として全て各停に乗車する事になり見せ場を作れなかった。8駅も乗り継いでようやくつつじヶ丘に着いた。各停はさすがに辛かったがすぐそこの踏切のそばの灯りが我々の目指す楽園なのだ。と仲間を鼓舞し前へと進む。店内の券売機であらかじめ決めておいた塩そばを購入。塩煮干しに目移りしたが初志貫徹。外を経由して奥のカウンターに案内される。いつも思うのだがラーメン店のドラフトビアは何故にコーンスターチが原料に入っている銘柄が多いのだろうか。私も友人も苦手なので飲みたくても飲めない。こちらもそうなのが残念。さほどの混み具合でもなく着席するとすぐに我が杯達が到着した。ちなみに友人は中華そばを注文。目の前に現れた姿はあまりに潔く清らかだ。白磁の玉淵丼の中で一糸乱れず整列した麺が印象に残る。この麺を見るとここまで来た事を実感する。一点の曇りもなく澄みきった味覚糖の純露のような飴色に輝くスープをひとくち。まずは何も台頭してこないのがこちらのスープの凄いところ。ただそこにあるのは自然な旨みだけ。こちらは基本のスープがしっかりしているので色々なカエシと合わせられてもブレることがない。基礎工事がしっかり施されてない地盤の上にどんなに頑丈な上物が建とうが無意味なのと同じで基礎の大切さを知る。その基本となるスープはユーティリティプレーヤーの如くあらゆるポジションに対応する。その為に過度な旨みや香りを抑えながらトータル的なバランスに重きを置いたスープだ。鶏ガラベースのコクとキレ。鰹や昆布からの日常的な和風だしの旨みと香り。全てが一体となって団結する。巷にありがちなあらゆる旨みを取り込んだスープのような徒党を組んだものとは似て非なるものだ。今回は塩ダレにしたのには理由があり、前回の山椒のそばのベースが塩だったのだが山椒の刺激にも負けない塩ダレの旨みに強烈な印象が残りどうしても無垢な塩そばのを体験してみたかったのだ。塩ダレなのに深みがあり塩気の強さを全く感じないのは白醤油か淡口の仕事かも知れない。それとしても塩分濃度の高いそれらを使っての円やかさには驚かされる。設計図がシンプルなだけにこの奥深さを表現するのは大変なことだ。麺は安定感のあるストレート中細麺で四角い断面がエッジを効かせスープを持ち上げる。一見揃っているようにみえるがら実は一本一本がそれぞれに独立してスープの中で自由に踊る。決してとなりの麺と寄り添ったりしない。その姿は友禅流しのように美しい。熱々のスープの中で泳ぐ麺は細いながらもしっかりした歯応えを持つ大胆さと細やかな喉ごしの繊細さを併せ持つ。スープによる熱変化での変わる表情も食べ飽きない要因だ。このラーメンはスープと麺を堪能する為に具材は至ってシンプル。定番の豚肩ロースの低温焼豚が薄切りで二枚と刻み青ねぎのみ。メンマすら乗ってないのは塩スープと醤油味のメンマとの相性を考えての事だろう。焼豚はしっとり薄味でこのスープの邪魔をしない。レアの状態で食べても良いが、スープで少し加熱すると筋繊維の歯応えも楽しめる。青ねぎはこのラーメンの中で唯一の植物の香りとシャキッとした食感を生む。後半になると麺はスープを吸って張りが増したぶん唇に当たる感覚も変わってきた。ツルッとしてた舌触りがまったりとしてくる。この状態の麺もまたうまい。都内屈指の熱さのラーメンだが一気に食べきってしまった。そこに残ったスープは最後まで澄み切って美しく優しい。色調だけでなく塩梅も最後まで丸みを帯びて思いやりをも感じる。熱々のスープを飲み干して大満足で終わりを迎えたが終わってしまった寂しさもあった。いつ来ても感じてしまう寂しさがまた直ぐにでも来たくなる理由でもあるのだ。ふと隣を見ると友人が満足そうにスープを飲み干していた。この時間でも店の外には席が空くのを待ってる人が多く友人と言葉を交わす事もなく席を立ったが満足そうな顔を見れば聞かずとも分かった。22:45に駅に着き、帰りは23:00ジャストの急行に乗るという超弾丸ツアーだった。予想通りに帰りの電車はほぼ貸切で気持ちも身体も優雅に帰路についた。新宿方面の友人とは明大前で別れ、一人の電車内ではすでに次回の作戦を練っていた。それほどに惹きつけるものがあるラーメンなのだ。夜中なのに罪悪感が薄れてしまう魔性のラーメンに出会ってしまった今年の夏を後悔よりも喜びが勝っていた。往復すると1時間ほどかかるのでつつじヶ丘に住んでる方が羨ましく思うのと共に近くに住んでいたら毎日でも通ってしまいそうで恐ろしくもなる一杯でした。
何故だか夜になると身体が欲してしまうラーメンがある。夜に限らず昼間もだが。気が付くと家とは逆方向の電車に乗っている。別に家に帰りたくない訳ではないが飲んだ後の〆を無意味なラーメンで埋めたくないのが本当の理由だ。
22時に神泉でお開きになった。絶好のつつじヶ丘チャンスだ。帰りたがる友人を無理やり誘い井の頭線に乗った。いくら乗換音痴でもさすがに慣れてきた。もはや乗換に便利な車両まで頭に入っている。
あと30分後にはあのラーメンが食べられると思うとこの満員電車もへっちゃらだ。どうせ帰りの電車はガラガラなのも知っているから。
まずは神泉からで各停で明大前へ。京王線への乗換のエスカレーターの目の前に降りれた。次も大抵の電車ならつつじヶ丘に停車する。まだその辺が実際は曖昧なのだが。
あいにく明大前からは各停が先着のようなので素直に乗り換える。結果として全て各停に乗車する事になり見せ場を作れなかった。
8駅も乗り継いでようやくつつじヶ丘に着いた。各停はさすがに辛かったがすぐそこの踏切のそばの灯りが我々の目指す楽園なのだ。と仲間を鼓舞し前へと進む。
店内の券売機であらかじめ決めておいた塩そばを購入。塩煮干しに目移りしたが初志貫徹。外を経由して奥のカウンターに案内される。いつも思うのだがラーメン店のドラフトビアは何故にコーンスターチが原料に入っている銘柄が多いのだろうか。私も友人も苦手なので飲みたくても飲めない。こちらもそうなのが残念。
さほどの混み具合でもなく着席するとすぐに我が杯達が到着した。ちなみに友人は中華そばを注文。
目の前に現れた姿はあまりに潔く清らかだ。白磁の玉淵丼の中で一糸乱れず整列した麺が印象に残る。この麺を見るとここまで来た事を実感する。
一点の曇りもなく澄みきった味覚糖の純露のような飴色に輝くスープをひとくち。まずは何も台頭してこないのがこちらのスープの凄いところ。ただそこにあるのは自然な旨みだけ。
こちらは基本のスープがしっかりしているので色々なカエシと合わせられてもブレることがない。基礎工事がしっかり施されてない地盤の上にどんなに頑丈な上物が建とうが無意味なのと同じで基礎の大切さを知る。
その基本となるスープはユーティリティプレーヤーの如くあらゆるポジションに対応する。その為に過度な旨みや香りを抑えながらトータル的なバランスに重きを置いたスープだ。鶏ガラベースのコクとキレ。鰹や昆布からの日常的な和風だしの旨みと香り。全てが一体となって団結する。巷にありがちなあらゆる旨みを取り込んだスープのような徒党を組んだものとは似て非なるものだ。
今回は塩ダレにしたのには理由があり、前回の山椒のそばのベースが塩だったのだが山椒の刺激にも負けない塩ダレの旨みに強烈な印象が残りどうしても無垢な塩そばのを体験してみたかったのだ。
塩ダレなのに深みがあり塩気の強さを全く感じないのは白醤油か淡口の仕事かも知れない。それとしても塩分濃度の高いそれらを使っての円やかさには驚かされる。設計図がシンプルなだけにこの奥深さを表現するのは大変なことだ。
麺は安定感のあるストレート中細麺で四角い断面がエッジを効かせスープを持ち上げる。一見揃っているようにみえるがら実は一本一本がそれぞれに独立してスープの中で自由に踊る。決してとなりの麺と寄り添ったりしない。その姿は友禅流しのように美しい。
熱々のスープの中で泳ぐ麺は細いながらもしっかりした歯応えを持つ大胆さと細やかな喉ごしの繊細さを併せ持つ。スープによる熱変化での変わる表情も食べ飽きない要因だ。
このラーメンはスープと麺を堪能する為に具材は至ってシンプル。定番の豚肩ロースの低温焼豚が薄切りで二枚と刻み青ねぎのみ。メンマすら乗ってないのは塩スープと醤油味のメンマとの相性を考えての事だろう。
焼豚はしっとり薄味でこのスープの邪魔をしない。レアの状態で食べても良いが、スープで少し加熱すると筋繊維の歯応えも楽しめる。
青ねぎはこのラーメンの中で唯一の植物の香りとシャキッとした食感を生む。
後半になると麺はスープを吸って張りが増したぶん唇に当たる感覚も変わってきた。ツルッとしてた舌触りがまったりとしてくる。この状態の麺もまたうまい。
都内屈指の熱さのラーメンだが一気に食べきってしまった。そこに残ったスープは最後まで澄み切って美しく優しい。色調だけでなく塩梅も最後まで丸みを帯びて思いやりをも感じる。
熱々のスープを飲み干して大満足で終わりを迎えたが終わってしまった寂しさもあった。いつ来ても感じてしまう寂しさがまた直ぐにでも来たくなる理由でもあるのだ。
ふと隣を見ると友人が満足そうにスープを飲み干していた。この時間でも店の外には席が空くのを待ってる人が多く友人と言葉を交わす事もなく席を立ったが満足そうな顔を見れば聞かずとも分かった。
22:45に駅に着き、帰りは23:00ジャストの急行に乗るという超弾丸ツアーだった。予想通りに帰りの電車はほぼ貸切で気持ちも身体も優雅に帰路についた。
新宿方面の友人とは明大前で別れ、一人の電車内ではすでに次回の作戦を練っていた。それほどに惹きつけるものがあるラーメンなのだ。
夜中なのに罪悪感が薄れてしまう魔性のラーメンに出会ってしまった今年の夏を後悔よりも喜びが勝っていた。往復すると1時間ほどかかるのでつつじヶ丘に住んでる方が羨ましく思うのと共に近くに住んでいたら毎日でも通ってしまいそうで恐ろしくもなる一杯でした。