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平日 20:45 先客10名 後客6名茅場町で友人と軽く呑んで大人の街にくり出す前の腹ごしらえに友人お薦めのこちらへ向かう。福島出身の友人とは以前は好みの麺の太さが違って共感しあえるラーメンが無かったが最近になって私が手打ちの平打ち麺のうまさにようやく気が付いてからは二人で行く店も増えてきた。そんな連れが銀座エリアで薦める店という事で期待を大にして店を目指す。店に向かう途中に友人からメニューのレクチャーを受ける。醤油と煮干しと塩があるらしく友人は煮干しを推してくるが塩気が強い煮干しが苦手な私は友人の説得も耳にせず醤油でいこうと決める。八丁堀二丁目の交差点のそばにひときわ目立つ看板を見つける。行列は無いが店内はかなりの賑わいでサラリーマンからカップルまで客層も年齢層もさまざま。それより先に目に入ってのが厨房の中にいる屈強な男たちだった。太い腕に分厚い胸板とガタイの良さが目立つ。券売機の前でも迷うことなく発券しカウンターに着席。麺の量を聞かれたが基本に忠実にバランス重視の並盛で。店内を見渡すとガラス越しに麺打ち台が飛び込んでくる。話には聞いていたが注文を受けてから麺を打つのは本当のようだ。しかも粉からだから驚く。白を基調とした今っぽい内装だがきちんと神棚が祀られてあり昔っぽさも兼ね備えている。麺打ち台では常に麺が打たれていてかなりの重労働に見える。屈強な肉体が不可欠なのがわかった。たらいの中に小麦粉を入れ水に溶かしたかんすいを注ぎ合わせる。そこまでの工程はよくあるがそこへ黄色い香味油のようなものを少量加えていた。生パスタを作る時に入れるオリーブオイルの役割だろうか。そのタネを練るかと思いきやたらいの中で揺すって合わせた。出来るだけ練らない製法のようだ。次は合わせて出来た麺生地を掌底で押し込むように伸ばしていく。麺打ち台が軋むほどの力で押し込む工程が麺のコシを生むのだろう。ある程度の大きさに伸びたら麺棒を使って製麺していき厚さが均一になったら折りたたみ麺切りカッターで同じ太さに切られる。この時点では麺の太さに違いはなく同じ表情をしている。その麺たちに豊かな個性を与えるのが手揉みの作業だ。馬鈴薯澱粉で打ち粉をし粘りを出さないように揉んでいくと太さや厚みに違いが生まれオンリーワンな麺へと仕上がる。一回の製麺で三人前くらいが限度だろうか効率は良く無いが待ち時間も飽きることはない。着席してから20分以上は待っただろうか待望の我が杯が到着。田舎っぽい顔立ちが純白の洒落た切立丼に収まる。決して似合っているようには見えないが煮干し系のラーメンは玉渕丼に盛られているので区別するために器が変えられているのだろう。うすく曇りがかった枯茶色のスープをレンゲにてひとくち。まずはシャープな醤油のキレ。甘さを抑えたさっぱりとした味わい。その後ろでは鷄主体の動物系スープと鰹や煮干しからの和テイストの出汁が重なり合っている。丸鷄特有の甘みは感じないので鷄ガラベースかと。それゆえのスッキリなスープが醤油ダレのキレと酸味を引き立たせる。ここからはお楽しみの麺に取り掛かる。側から見れば奇妙に映っただろうがまずは一本だけを箸でつかみおちょぼ口にした唇へと誘い一気にすする。高速で滑り込んできた麺肌は得も言われぬ滑らかさ。ツルッでもズルッでもなくトゥルッとした口当たりは麺に練り込まれた油分が影響しているのはすぐに分かった。あまりの口当たりの心地良さに気持ちまで高ぶってきた。続けて麺を頬張ると今度はもっちりと粘着質な麺を奥歯で感じる。噛めば噛むほど奥歯にまとわりついてくる。小麦粉の熟成したグルテンは感じないが弾けるような小麦の香りは他では感じたことのない衝撃だ。フレッシュな小麦なんて言葉を使う日が来るなんて思ったこともなかった。具材は部位の違う焼豚が二枚。淡桃色の豚モモ焼豚はしっかりした赤身が特徴だが旨みは逃げ出していて残念。一方の豚バラ焼豚は赤身と脂身のバランスが良く赤身の食感と脂身の甘みが楽しめた。味玉は薄味なので単体で食べると物足りなさがあるがスープと一緒に口にするとスープの塩気が助けとなり卵の旨みを引き出してくれる。珍しい金絲メンマだが他の細切りメンマにはない食感が楽しいがアクセントとなるはずの胡椒の辛味が前面に押し出されバランスを崩している。単品でビールのつまみなら最高だと思うがキレッキレのスープの中では過剰な存在となってしまう。しかしそれ以外は夢中で食べ進み中盛りにしても良かったかなと思うほど美味い麺だった。途中で友人に煮干しスープの味見を薦められたが口内が煮干しに犯されるのを恐れ頑なに拒否した。完食後に少し分けてもらおうと企んでいたが私が食べ終えた時にはすでに友人も完食完飲していて若干の後悔の残る一杯でした。
茅場町で友人と軽く呑んで大人の街にくり出す前の腹ごしらえに友人お薦めのこちらへ向かう。福島出身の友人とは以前は好みの麺の太さが違って共感しあえるラーメンが無かったが最近になって私が手打ちの平打ち麺のうまさにようやく気が付いてからは二人で行く店も増えてきた。そんな連れが銀座エリアで薦める店という事で期待を大にして店を目指す。
店に向かう途中に友人からメニューのレクチャーを受ける。醤油と煮干しと塩があるらしく友人は煮干しを推してくるが塩気が強い煮干しが苦手な私は友人の説得も耳にせず醤油でいこうと決める。
八丁堀二丁目の交差点のそばにひときわ目立つ看板を見つける。行列は無いが店内はかなりの賑わいでサラリーマンからカップルまで客層も年齢層もさまざま。それより先に目に入ってのが厨房の中にいる屈強な男たちだった。太い腕に分厚い胸板とガタイの良さが目立つ。
券売機の前でも迷うことなく発券しカウンターに着席。麺の量を聞かれたが基本に忠実にバランス重視の並盛で。店内を見渡すとガラス越しに麺打ち台が飛び込んでくる。話には聞いていたが注文を受けてから麺を打つのは本当のようだ。しかも粉からだから驚く。白を基調とした今っぽい内装だがきちんと神棚が祀られてあり昔っぽさも兼ね備えている。
麺打ち台では常に麺が打たれていてかなりの重労働に見える。屈強な肉体が不可欠なのがわかった。たらいの中に小麦粉を入れ水に溶かしたかんすいを注ぎ合わせる。そこまでの工程はよくあるがそこへ黄色い香味油のようなものを少量加えていた。生パスタを作る時に入れるオリーブオイルの役割だろうか。そのタネを練るかと思いきやたらいの中で揺すって合わせた。出来るだけ練らない製法のようだ。次は合わせて出来た麺生地を掌底で押し込むように伸ばしていく。麺打ち台が軋むほどの力で押し込む工程が麺のコシを生むのだろう。
ある程度の大きさに伸びたら麺棒を使って製麺していき厚さが均一になったら折りたたみ麺切りカッターで同じ太さに切られる。この時点では麺の太さに違いはなく同じ表情をしている。その麺たちに豊かな個性を与えるのが手揉みの作業だ。馬鈴薯澱粉で打ち粉をし粘りを出さないように揉んでいくと太さや厚みに違いが生まれオンリーワンな麺へと仕上がる。
一回の製麺で三人前くらいが限度だろうか効率は良く無いが待ち時間も飽きることはない。着席してから20分以上は待っただろうか待望の我が杯が到着。田舎っぽい顔立ちが純白の洒落た切立丼に収まる。決して似合っているようには見えないが煮干し系のラーメンは玉渕丼に盛られているので区別するために器が変えられているのだろう。
うすく曇りがかった枯茶色のスープをレンゲにてひとくち。まずはシャープな醤油のキレ。甘さを抑えたさっぱりとした味わい。その後ろでは鷄主体の動物系スープと鰹や煮干しからの和テイストの出汁が重なり合っている。丸鷄特有の甘みは感じないので鷄ガラベースかと。それゆえのスッキリなスープが醤油ダレのキレと酸味を引き立たせる。
ここからはお楽しみの麺に取り掛かる。側から見れば奇妙に映っただろうがまずは一本だけを箸でつかみおちょぼ口にした唇へと誘い一気にすする。高速で滑り込んできた麺肌は得も言われぬ滑らかさ。ツルッでもズルッでもなくトゥルッとした口当たりは麺に練り込まれた油分が影響しているのはすぐに分かった。あまりの口当たりの心地良さに気持ちまで高ぶってきた。続けて麺を頬張ると今度はもっちりと粘着質な麺を奥歯で感じる。噛めば噛むほど奥歯にまとわりついてくる。小麦粉の熟成したグルテンは感じないが弾けるような小麦の香りは他では感じたことのない衝撃だ。フレッシュな小麦なんて言葉を使う日が来るなんて思ったこともなかった。
具材は部位の違う焼豚が二枚。淡桃色の豚モモ焼豚はしっかりした赤身が特徴だが旨みは逃げ出していて残念。一方の豚バラ焼豚は赤身と脂身のバランスが良く赤身の食感と脂身の甘みが楽しめた。
味玉は薄味なので単体で食べると物足りなさがあるがスープと一緒に口にするとスープの塩気が助けとなり卵の旨みを引き出してくれる。
珍しい金絲メンマだが他の細切りメンマにはない食感が楽しいがアクセントとなるはずの胡椒の辛味が前面に押し出されバランスを崩している。単品でビールのつまみなら最高だと思うがキレッキレのスープの中では過剰な存在となってしまう。
しかしそれ以外は夢中で食べ進み中盛りにしても良かったかなと思うほど美味い麺だった。途中で友人に煮干しスープの味見を薦められたが口内が煮干しに犯されるのを恐れ頑なに拒否した。完食後に少し分けてもらおうと企んでいたが私が食べ終えた時にはすでに友人も完食完飲していて若干の後悔の残る一杯でした。